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『草田さん……♡』
『やっ……やめろよ。俺には莉子が……』
『イケませんか? 僕、どうしても貴男のことが……』
『大崎………』
『キスしてください……一度だけでいいんです』
『……一度だけだからな』
『はい……♡』
累くんに迫られて、困惑しながらも断りきれずに受け入れてしまう才造の姿――
なぜかそんな光景が目の前に広がった。もちろん妄想である。
「………リコ。莉子?」
才造に呼びかけられ、ハッと現実に戻る。
「なっ、何!!!!!!???」
あまりにオーバーリアクションだったせいで、才造がビクッと驚いていた。
「なんか今っ……変な幻覚見えた!!!」
「幻覚?」
「なんか花びらがっ………えぇっ!!?」
「よく分からんけど莉子落ち着いて。とりあえず俺、この手を一刻も早く死ぬほど洗いたい」
才造が累くんによって手にキスされたのは幻覚ではなかったらしい。顔の縦線がさらに密度を増している。ちなみに累くんは、わたしがトリップしている間に立ち去ったようだ。
手を洗うためトイレに向かう途中、才造はなぜか決まり悪そうにわたしに向かって謝り始めた。
「なんか………ごめん」
「なんでさいぞーが謝るの?」
「や……なんか、俺がアイツに気に入られてしまったばかりに?」
「別にさいぞーのせいじゃないでしょ。わたしの方こそ……なんか、ごめん」
「莉子が謝んのもおかしくない?」
「や、そうだよね……」
何となく微妙な空気。わたしも才造も、別に何もやましいことはしていないんだけど。
けど――さっきのあの幻覚は一体なんだったんだろうか?
いや、ナイないナイナイナイナイ。いくら才造が気弱でも、男に押し切られるわけがない。だいたい才造はわたしのだ。譲るつもりなんてない。
累くんが今でも無駄に姿形だけは美しいせいだ。そう思うことにした。いや理由になってないけど。
あとアレだ。最近スマホでネットサーフィンをしていると、BLものの漫画の広告がよく勝手に出てくるからだ。一度うっかりタップして、無料配信分だけ読んじゃったりなんかしちゃったから。うん、それのせいだ。
才造が入念に手洗いするのを待つ間、わたしは自分の中に芽生え始めた新たな一面を否定する材料を必死に探した。
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