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Episode:1-1 対岸の多様性。
「私達、結婚式を挙げるんです」
ネイルサロンに女性二人組で来店したお客様が、揃ってはにかむような笑顔を浮かべたので、わたしは営業スマイルを貼り付けたまま一瞬のシンキングタイムを要した。
あぁ、それぞれ男性のパートナーと同時期に式を挙げるので、仲の良いお友達同士で来店されたんだな――そう解釈して、まず祝福の言葉を述べた。
でも、よくよく話を聞くとその解釈は間違っていた。彼女たちは女性同士で同性婚をするのだという。数年前にこの自治体で施行されたパートナーシップ制度を利用して、夫婦同然の立場になるらしい。
そういうことかとようやく正しく理解したわたしは、彼女たちのカウンセリングを進めた。
当日二人が着るというドレスの画像を見せてもらい、それに合うネイルをお任せで、というオーダーだった。それぞれの好みをじっくり聞き取り、本人たちの雰囲気も考慮してデザインをいくつか提案し、その中から気に入ったものを選んでもらって施術に入った。
半径数cmの小さなキャンバスに筆を滑らせ、繊細なグラデーションカラーを作り出す。さらにそこへキラキラしたストーンやレースパーツを載せ、最後にトップコートを入念に重ねてライトで硬化。微妙にデザインを変えながら、それを左右の指計10本に施す。それを2セット――つまり二人分。
「はい、完成です。いかがですか?」
彼女たちはそれぞれ自分の爪を目の前に揃え、わたしの塗ったジェルネイルを眺めて幸せそうにため息を漏らした。さらにお互いの手を取り合いながら、キャッキャとはしゃいでいる。
「ステキ~♡ それぞれカラーは違うのに、リンクしたデザインなのね」
「本当ね。私達の個性と絆が表現されているみたい。これならドレスともバッチリ合いそうだわ」
その言葉を聞いて安心する。ネイリストにとって、お客様の喜ぶ顔が何よりのご褒美だ。
わたしは 神尾莉子、23歳。
2年前に美容系の専門学校を卒業してこのネイルサロンで働くようになり、順調に指名客も増えて、着々と仕事にやりがいを感じられるようになってきたところであります。
就職した頃にはもう今日みたいな性的マイノリティーのお客様がたびたび来店するような時代の流れになっていたので、今日のようなオーダーにもさほど驚かないし、素直に祝福したい気持ちになれる。
「多様性」という言葉が、隅々にとまでは言わないけれど、徐々に浸透しつつある。
けど、この時のわたしにとって、その言葉はまだまだ他人事だった。
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