遠い存在だった先輩が、すぐそばにいる

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「いえ。この傘は学校の傘立てにありました。多分今、萌さんは私の傘を持っているのではと……同じ傘なのです、黒猫の」  私は右手をグーにして、持ち手の猫の手を真似た。  先輩は少しホッとした表情を浮かべ、両手を顔の前で合わせた。 「ごめん、きっと萌が学校で間違えたんだな。今日は塾の日だから急いで帰ってきたんだと思う。天気が怪しかったから、そのまま傘を持たせたけど……。わざわざ持ってきてくれたのに、申し訳ないな」  先輩は優しいな。妹思いなんだなぁ、と惚れ直す。 「いえ、大丈夫です。それより私の傘は今朝使用しているので、干していただけるとありがたいです」  そう言った後に自分の傘の古さを思い出し、少し後悔した。 「わかった。僕が責任持って乾かしておくから。返却するまでこの傘使って」と、先輩は再び萌さんの傘を登場させた。 「いえいえ、そんなわけにはいきません。明日からはしばらく天気良さそうですし…」 「でも、今は必要そうだよ」と先輩が玄関先にいる私の後ろを指さす。 「え…?」振り向くと、既に小雨が降っていた。  あぁぁ、とうとう降り出したか……。  私が「はぁ……」と小さくため息をつくと、ポンッと頭の上で音が鳴った。 「ごめん。こんなに暗くなってきたのに女の子をひとりで帰すところだった」  透明の大きな傘を差しだした先輩が、私の真後ろで囁いた。  え、もしかして……と私は厚かましくも送ってもらえるという期待をしてしまった。
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