19. 大好きな匂い

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19. 大好きな匂い

 数日の検査入院のはずが、一週間ほど入院するように言われてしまった。  まだオメガフェロモンの数値が安定しないらしい。  昼間は外から聞こえる人の声や、鳥たちのさえずり、車の通る音などで意外と賑やかだし、部屋に備え付けのモニターで映画なども見ることが出来る。  通常のテレビ番組は、必要のない情報が目に留まってしまう可能性があるからと、見られないようになっている。ゆっくり療養するためだという。  なので昼間はまだ良いのだけど、夜になると色々と要らぬことを考えてしまう。自分の頭の中だけで悶々と考えたって、何の解決にもならないのに。  そんな感じでぐるぐると考え事をしてしまうと、目を瞑って眠ろうとしても、全然眠気がやってこない。あちこち姿勢を変えてみたものの、目は冴える一方だった。  おれはちらりと、ベッド横の棚へと視線を向けた。蒼人(あおと)の母親の紅音(くおん)さんが置いていった、蒼人の私物が入っているはずだ。中身は確認していないから、何が入っているかは知らない。 「少しくらいなら……いいよな」  もそもそとベットから降りて、物音をたてないよう、静かに棚の中のバッグを取り出した。  そして中身を確認するためにファスナーを開けると、ブワーっと一気に蒼人のフェロモンが香り立った。 「うわぁ……」  思わず声が漏れる。身体が歓喜するというのは、この事を言うのだろう。  中身は、洗濯されていないだろう蒼人の洋服がメインだった。他にはいつも使っているタオルなど。  オメガは、好ましく思っている相手のフェロモンが濃く残るものが好きだ。  普通だったら洗濯していない服を喜ぶなんて変だけど、本能が求めてしまうのだから仕方がない。    こういう時は個室で良かったなと思う。  バッグの中から、一番上にあった半袖シャツを一枚だけ取り出して、ぎゅっと抱きしめてみた。  自然と口角が上がり、ニヤついてしまう。  うーん、一枚じゃちょっと心許ないかな。……とブツブツ言いながら、もう一枚取り出した。今度は半袖シャツより少し厚みのある、いつも着ている見慣れたパジャマの上だ。  ますます、にやつきがひどくなる。けどここにはおれしかいない。誰に気を遣わなくてもいいんだ。  思う存分に、蒼人の匂いを堪能する。
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