雨上がりに恋人を待つ女

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    雨上がりに恋人を待つ女  今日は、朝から昼過ぎまで強い雨が降っていた。恋人と待ち合わせ時間の18時までに雨が止むか心配だったが、17時頃には雨が上がり由衣はほっとした。  現在は17時15分。まだ待ち合わせには時間がある。彼女は今日の夜のデートが楽しみで、この日は特別にお洒落をしていた。楽しみすぎて会社を早く出たため、待ち合わせ場所に早く着きすぎてしまった。買い物でもしようか迷ったが、雨上がりの空も綺麗でとても幸せな気分なので、このまま彼を待つことにした。由衣はただ、愛する恋人を待っていた。それはとても幸せな時間だった。  松村由衣は年齢24歳。都内の食品メーカーでOLをしている。恋人は、大手証券会社に勤める丹波翔平。彼は、長身で爽やかで優しく、そして大手勤めで収入も良い、完璧な男性である。翔平は誰に紹介しても羨ましがられる由衣の自慢の彼氏だ。友人に誘われた合コンで知り合い、付き合ってから今日で2年目だ。今日は2人の記念日となる。  デートの際、大抵は由衣が先に来ている。今日もそうだ。由衣はデートの内容を色々考えていた。クリスマスが近いので、どこかのイルミネーションを見に行こうか。ディナーでは何を食べようか。そしてディナーの時にプロポーズされるかもしれないのでどんな言葉を返せば良いか等。楽しみでワクワクしていた。 --------------------------------------------------------  いつもと違ったのは、男性に声をかけられたことだった。 「松村由衣さんですね?」  目の前にいる、声をかけてきた男性は、スーツ姿で真面目そうな50代くらいの男性だった。 「はい、そうですが・・・」  由衣は驚いて、男性を見た。怪しい勧誘かと思い緊張し、とてもか細い声になった。しかし、彼は勧誘をするわけではなかった。そして驚くべき発言をした。 「あなたが待っている丹波翔平さんは、もう二度と来ることはありません」 「え?どういうことですか?」  由衣は、その男性が言っていることを理解できなかった。何でそんな発言をしたのかもわからなかった。怪訝そうな顔をしている由衣に、その男性は一言放った。 「あなたは、もう死んでいます」 「は・・・?」  由衣は、何を言われたか解せず、呆然と立ち尽くした。ただ、待ち合わせ場所に着いたときから、自分の右手に血がべっとり付いているのが気になっていた。雨が降っていたため手がかなり濡れたはずなのに、血で汚れた部分は雨で流れずそのまま付着していた。  由衣は、振り返ってショーウィンドウに映る自分の姿を見た。驚いて言葉を失った。血が付いているのは右手だけではない。由衣の体の右側が血だらけだった。そして、顔からも血が大量に流れている。 それだけではない。    由衣の血が付いている右手には、料理包丁が握られている。料理包丁にも血がかなり付着している。 「ギャーー!!!!!!!!!!!!」  由衣を見た、目の前のご婦人がこの世とは思えない悲鳴をあげた。そして何度も何度も悲鳴をあげた。よく見ると、周りの人達も皆叫んでいた。救急車を呼ぶ声、警察を呼ぶ声、血だらけの女を見てしまった悲鳴…  そうだ、ここはA駅だったと、意識が遠のく中で由衣は思い出した。 最後にこの場所に来たかったのだ。  待ち合わせはいつもA駅だった。由衣は彼を待つのが楽しく幸せだった。翔平を待つ自分はとてもキラキラしていた。そんな元の世界に帰りたかった。翔平を刺したことは忘れて。翔平が他の女性を好きになったことも忘れて。翔平が由衣に抵抗したことも忘れて。  由衣は翔平と結婚したかった。 翔平を心から愛していた。だが、その夢は永遠に叶わない。最後は彼女の一方通行の愛になってしまった。  スーツ姿の男性は、追いかけてきた警察の人に似ていた。刑事さん、神様になったのかな、とおかしなことを由衣はつぶやいた。神様か幽霊かはわからないが、なぜか死んだ自分にその刑事は話すことができたようだ。なぜかは不明だが、由衣は彼に感謝した。その刑事が居なければ、自分が死んだことにも気が付かなかったからだ。  由衣は涙が止まらなかった。今日降っていた雨のように、いや、それ以上に涙が止まらなかった。  不思議と痛みは感じなかった。自分も抵抗され刺されたのに…  だが、もう息はできなかった。  「みんな、お幸せに」  A駅前の雨上がりの空を見上げ、由衣は最後に言った。彼女は大好きな場所で、24年間の短い生涯を閉じた。
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