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2.オンエア後
「で、この放送、本当に成功かね?」
だらりと椅子に体重を預け、サーモンが問うと、死神はため息交じりに首を振った。
「どうだろ。ただこうでもして訴えていかないとさ、死神界、ぐっちゃぐちゃなんだよ……」
「苦労してるねえ、総務部さん」
「苦労なんてものじゃないよ……。うちのボスさ、人間界好きなのは結構だけど、ろくな情報仕入れてこないんだもん。オフィスカジュアルなんて死神に取り入れてどうすんだって感じ」
「あー、でもさ、死神ファッションに似合う髪色によって、地域採用偏ってるって話あったろ。黒と金が採用率いいとかなんとか。オフィスカジュアル採用すれば、そういう不平等感はなくなるんじゃないの?」
ぐったりとテーブルにうつぶせる死神の肩を、おつかれさん、と叩きつつ、サーモンが言うと、死神は体を起こし、テーブルに肘を突いてこめかみを揉んだ。
「いや、それってさ、面接官の勝手な判断だから……。人事部のほうで問題ある面接官については教育を徹底すればどうにかなるんだけど、全体にオフィスカジュアル浸透させちゃうと、範囲が広すぎてもう手に負えなくて。この間なんてさ、現場に猫耳と尻尾つけて行ったやつがいてさ……」
「何猫?」
「白猫」
はああっと深いため息をつき、死神はうなだれる。
「くすんだ白だし、派手じゃないからいいですよね? って開き直られて。いやいやいや! 無理だろ! 死神が猫耳と尻尾って! どこのラノベだよ! 死神の権威とか、厳かさとか、そういうの皆無になっちゃうだろ! その日、お連れするはずだった死者さんにもさあ、『どこ連れていかれるかわからなくて逆に不安』とか言われるし…」
「で、人間界でこんな漫画流行ってるらしいって嘘情報を流し、嘘ラジオ番組を放送し、ボスに聴かせる、と」
「すっごく推しておいたから聴いてるはず。いや、聴いてくれてないと困る!」
「目、覚めるかねえ」
「神に祈るしかない」
あんただって死神、神じゃーん、と思いつつ、サーモンは死神がせっせと作った漫画をぱらぱらとめくる。
死神界を正常な状態に保とうと日夜心を砕く彼は何事にも手を抜かない。この漫画ひとつとってみても、実に凝っている。その努力があまりにも眩しくて、ついつい協力してしまったのだが。
「俺は黒は好きだけど、オフィスカジュアル賛成派なんだがねえ」
死神に聞こえないよう呟きつつ、サーモンは見下ろす。
黒いぴったりとした全身タイツに包まれた自身の体を。
そう、サーモンは今回限りの名。そもそもサーモンはラジオのDJなどではない。
本当のサーモンの職業は、悪魔。
虫歯菌のイメージ画と変わらなくない? 戦隊物に出て来る戦闘員その1とかその恰好だよね、などなど言われる制服を着、命じられるままに働く、悲しき存在。
「かっこいい服をもともと着てるやつにも悩みがあるんだねえ」
でも、こういう制服を着させられるほうが、まあまあ辛いんだぜ。
憂い顔の死神を横目に見ながら、サーモンは内心毒づく。
とはいえ、悪魔界は死神界以上の縦社会であり、オフィスカジュアルなど夢のまた夢だ。
うちのボスを動かすにはどうしたらいいのか。
ダメもとで……同じ方法を試してみようか。漫画を描いて、ボスに渡して……「これ流行ってるみたいですよ、人間界で」なんて言ってみようか。
テーブルに肘を突きながらサーモン、もとい、悪魔は思案する。
タイトルはなにがいいだろう。『死神オフィスカジュアル』に負けないような、でもこちらの熱意を感じさせるような……。
ふっと思い付き、悪魔は慌ててペンを取る。書くところがなかったので、死神の力作漫画の裏表紙に悪魔はでかでかと文字を記した。
『デビルズウォー〜悲しき黒からの解放〜』
この漫画により悪魔界にセンセーションが巻き起こったかどうかは……定かではない。
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