黒く、塗りつぶせ。

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 庭に降りた私は、そのままぐるっと回れ右をし、庭の様子を確認した。……これは、「絵」ではない。妻がいた頃の庭が、私が描いたばかりの絵、そのままの庭が。ここに蘇っている……!  私は震える手で、裂いている花の花びらに、そっと手を伸ばしてみた。これが「本物と同じ感触」だったら、完璧だ……! しかし。  私が親指と人差し指の先で、そっと摘まむように触れた花びらは。私の指先で、その形を無くし、パラパラと力なく崩れて行った。そう、まるで乾いた絵の具に、指先で触れたかのように。私はその「事実」に唖然としながら、花の下に付いている葉っぱに触れてみた。が、これも花と同じく、指先で触れたその瞬間に、手のひらから零れ落ちていく砂の粒のように。葉っぱは葉っぱであることを辞め、細かい塵となって指の間から滑り落ちて行った。  ……これは、つまり。やっぱり私があの「絵」を描いたことで、庭に絵と同じ光景が蘇ったものの。それは本当に「生き返った」のではなく、あくまで「絵の中の世界が、立体化した」に過ぎないってことなのか……?  私はガックリと肩を落として、部屋の中に戻ると。もう一度私が描いた絵を眺めた。絵の中では変わらず、花は花として、葉っぱは葉っぱとして、その鮮やかな色を湛えている。絵の中では依然として、その光景は保たれたままだった。だが、そこで私は気付いた。  私が描いた絵、そのままの光景が、あの庭先で「再現」されるのなら。それならば……!  私は別の白いキャンバスを取り出すと、それまで乗せていたものを外し、イーゼルの上に乗せた。もはやそこに、理屈や理由など存在しなかった。ただ私は、私の中に生まれた「ひとつの希望」にすがっていた。私は再び絵筆を手にすると、頭の中の記憶を、胸に刻み込んだ思いを、一心不乱にキャンバスに叩きつけた。
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