命の値段

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 国際都市上海。アジアの各民族は元より、白人・黒人様々な人種が、この街の混沌に呑み込まれ、忙しそうに歩き回っていた。しばらく前までは。  編笠を被った老人が、寒風に背を丸めて、波止場の鉄杭に座っていた。ボンヤリと海を眺めていた彼の表情が、にわかに曇り始める。  宝山(バオシャン)の港に、また日本からの船が到着したからだ。  この街に冴えない日本軍の軍服が、増えるのと同じスピードで、老上海(ラオシャンハイ)の友人たちは海外に移住を始めた。段々、街が色褪せて行く様だ。  生まれた時から、ここに住んでいる老上海は、何よりもこの街の自由な空気を誇りにして来た。しかし忌々しい他国の軍人たちが、それを粉々に打ち砕いた。  到着したばかりの戦時徴用船から、大量の日本兵が吐き出された。その中に、上等なコートと背広を着た、痩身の男が混じっていた。貴族的な風貌と綺麗になでつけた髪。秀でた額の下には、思慮深く落ち着いた瞳が輝いていた。  ここが軍港に使用されていなかったら、映画俳優と間違えてしまうような立ち姿に兵隊達も振り返って彼を覗き込む。手に持った大きな黒い鞄から、彼が俳優ではなく、医者か高級官僚であることが見て取れた。  港で働く数少ない女性達は彼を見てため息をついた。何か理由を付けて、彼に声をかけようとした勇敢な女性が現れる。 「あの!」  その時、二人の日本兵が飛び出して来た。 「林田邦夫軍医でありますか?」  彼は女性に上品な会釈をしてから、兵隊達の方に歩き出す。会釈を受けた勇敢な女性はうっとりとした表情を、いつまでも浮かべて彼を見送った。  この見目麗しい好漢こそ、大詐欺師 高見半次 その人であった。偶然船内で知り合いになった、本物の林田医師は、パンツ一枚の姿で縛り上げられ、船底の布団部屋で気絶している。  日本でやり辛くなって来た大きな仕事も、この大陸でなら可能だろう。入れ替えに成功した半次は、ほくそ笑んだ。 「華中派遣軍、高木伍長であります。これから先生を無錫(ウーシー)まで、お送りいたします」 「ああそう。このトラック?」 「軍港から届いた、補給物資を乗せております。生憎と人手不足ですので、こんな車両しか用意できずに申し訳ございません」 「別に構わんよ」 「代わりと言っては何ですが、税関手続きはこちらで全て、完了させておきました。先生は、すぐに出立可能です」 「それは助かるなぁ」
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