命の値段

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命の値段

……アタシもヤキが回ったもんだねぇ。  高見半次は硬いベッドの上で、臍をかんでいた。清潔だが味気ない白いシーツに、鉄格子の入った小さな窓。  この世で最も療養に向かない病院は、この警察病院だろう。運が悪ければ、ここで死んでしまうし、運良く生き残っても牢獄行きだ。大東亜戦争を生き抜いたってのに、ツイていない。  逮捕されてから尋問にも、適当な事ばかり言っていたから、この点滴にも自白剤か何かが混じっているかもしれない。  半次は空咳を打った。少し力を入れて咳をすると胸が痛む。真紅の血を吐くようになったのは、一ヶ月前からだ。気分が暗くなるのは、それだけが原因ではない。  ベッドの横に自分を逮捕した亀井警部と、見慣れない青年医師が立っている事が、更に彼の気持ちを暗くしている。 「……ドロ亀が、何の用だぃ?」  捜査ではスッポンの様に、喰い付いたら放さない事で有名な警部は、ヒョイと肩を竦めてみせる。  終戦で復員するまで、海軍にいたと言っていた。一見すると下町の大工の様な風貌をしているくせに、そういうバタ臭い仕草が似合う、変わった男ではあった。背が高く痩身の半次とは対照的で、捕まって二人で歩いている時、亀井の方が犯人に間違えられてた。 「高見半次さんですね?」  亀井の前に青年が進み出た。 「あなたは中華民国二十六年(西暦1937年)、上海におられましたね?」 「変わったことを聞く御仁だねぇ。この死にかけから、何を聞き出そうってんだい。言っておくが、アタシは騙し取ったお宝を残しておく様な、ケチな詐欺師じゃあないんだよ」  青年の言葉を聞いて、半次の濁った瞳に光が灯った。半白頭を起こすと、ベッドの上で苦労して態勢を整えた。若い頃はいかにも色男であったろう風貌は、年月を経てもその片鱗を残していた。強かな表情を浮かべた半次は、微笑を浮かべていた。
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