呼び鈴を鳴らそう

プロローグ・始発

いつの間にか眠っていたようだ。ガタガタ揺れる電車の中で俺は目覚めた。
座りっぱなしだっただろう体が固まって痛かった。あくびをして、周りを見た。
誰もいなかった。

車内放送が目的地の到着を告げる。
ああ、そんな名前だっけなあ。

柔らかくはない座席から立ち上がって、入り口が開くのを待つ。四角いガラスの向こうはまだ暗かった。

ゆっくりとスピードを落として電車は駅に入っていく。ライトに照らされた構内は人気がない。
自分だけがここに戻ってきたのか。俺はぼんやりと思った。

何でここに来たんだろう。思い出せない。
理由も意味も俺の頭の中にはきっとないんだ。ただ、ここに戻ってきたかった。単純なことだけが俺を動かした。

完全に止まった電車は入り口を開いた。息をするような音と一緒にドアが開く。その先には薄暗い空間が広がっている。俺は見えない足場を気にしながらも武骨に踏み出した。
降りたすぐそこには安っぽいベンチが並んでいた。
切符はどこにしまったっけ。ポケットに両手を突っ込んでるうちに、背後の電車はいつの間にか消えていた。
駅の構内は薄暗かったけど、見えないほどじゃなかった。

数えきれないくらい利用したはずの駅は、まさに勝手知ったるマイホームってやつだ。どこをどう行ったのか意識していなくても気づけば改札口を出て表の道に続く階段を下りていた。最後の一歩が灰色のコンクリートに着地した頃、その時にはまだ、暗い道の隅に電灯が一本だけ明かりを灯して立っていた。
俺は誰も待っていないそれに向かってただいまと言った。

始発だった。
まだ早い、一日の中で最初の電車だった。