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そうして、念願の日曜日がやってきた。学園祭が春先にあるというのも珍しい。息子の通う高校は中庭のある高校で、この時期には大きな桜の木が咲いており、その桜の木の下に特設ステージができていた。屋上からのライトアップも眩く、それはもう豪勢な夜桜である。その中で息子は演奏をするのかと思うと、父親である私が緊張してくるものである。
パンフレットを開けば、"コリドール"というバンド名が……しかもなんとトリを飾っている。ちなみに私の隣でてっちゃんはこれを見て泣いていた。
「てっちゃん、知ってたんだろ?」
「ああ、あいつら。毎日のようにうちに来ては教えてくれって。ほんと参っちゃうよ」
「それにしては今すごく感極まってるじゃないか」
「うっせえやい。あんな立派な息子がいるお前には分からねえやい。この歳まで独身の俺の気持ちなんかなぁ」
そんなことを言いながら、時間は流れていく。有志のダンスグループやら、演劇部やらと、キャッキャ、キャッキャ言われながら盛り上がるステージはいかにも令和らしい。
果たしてこの流れの中で演奏するあいつらは大丈夫なのなと、心配になりながらも私たちはその時を待った。
「さぁて、最後は今回唯一のバンド演奏!学校1陰キャ集団が魅せる激しめロック!コリドールだぁ!」
キャ〜!
ウェーイ!!
いいぞー!!!
本当に虐められていたのだろうかと思うほどに、彼らは立派に舞台に立ち、観客たちもお祭りマジックなのか、熱狂的な盛り上がりを見せていた。
時間は15分。およそ2~3曲がいいところだろう。
その盛り上がる中、隣の男子グループの声が聞こえてくる。どうやら息子と同じクラスの人間らしい。
「けっ、つまんね。なんであんな盛り上がってんだよ」
「ほんとほんと、ちょっと髪切って垢抜けたからってな」
「陰キャはカッコつけたって陰キャだっつうの」
ついつい、その言葉に耳が傾いてしまう直後、それをかき消すかのような歪み音が会場を包んだ。
それはとてもじゃないけれど、この会場には小さすぎるマーシャルアンプ。けれど、精一杯、弦を掻き鳴らす。
「彼、良いギターだろ。格好が目立たねえからこそな。皆あの音とパフォーマンスに目がいくんだよ」
てっちゃんの褒め言葉を横に、確かに私も目を奪われた。1曲目は今風のロック曲からはじまった。どこかで聴いたことがあるような気がする。
ギターボーカルが良き高音の発声をだし、息子はベースを弾きながらハモリ部分を歌っている。とても半年で覚えたとは思えない。もちろん下手っぴだけれど、まるであの頃の私たちを思い出す。そんなことを感じていた。
2曲目はタマホームのCMで聞き馴染みのあるあの洋楽。ALTの先生が好きな曲らしく、今年で母国に帰ってしまう先生に送る曲だった。これはまさしくてっちゃんの指導が強く入ったのだろう。なかなかの出来栄えに、特に楽しそうにドラムを叩くぽっちゃり君は、見ていてとても気持ちが良い。
「彼、良いドラムだろ?あのポヨンポヨンしたお腹からは思えないタフなドラム叩くんだよ。あれ筋肉ついたら化けるぜ」
もはやてっちゃんの言葉も、隣のいじめっ子らしき彼らの言葉も私には聞こえていなかった。まさに青春を思い出すこの熱気。その中に何よりも息子がいる。次が最後の曲になる。
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