黒羽織

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 ひとつ(うなず)いた雪政は、もう振り返らない。  黙って部屋を出る雪政。  閉じられた襖の向こうに黒羽織の背中が消えた。  幕が、降りた――。  ひとり残された部屋の中。  梅之丞の(ひざ)が、がくりと床に落ちる。  目を(おお)う両手の隙間(すきま)からは、透明な涙が幾筋(いくすじ)(こぼ)れ落ちた。  外は、篠突(しのつ)く雨。  あのひとの黒羽織も濡れているだろうか。心まで濡れているだろうか。  降り注ぐ雨音を聞きながら、梅之丞は黒い背中へ追いすがるように細い指を伸ばして――。  麹町平河町(こうじまちひらかわちょう)の夜を、止まぬ雨音が包んでいる。                                       ――――――――――――――「黒羽織」 了
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