黒羽織

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 煙草盆を引き寄せた雪政は梅之丞の(わき)に腹ばいになると、煙管(きせる)の先を陶器でできた火入れに近づけた。  太い眉根をぐっと寄せ、藁灰(わらばい)に載った小さな炭から火を移す雪政。  その目の中に(うれ)いを探してしまうのは――未練(みれん)だろうか、と梅之丞は思う。 「私にも、くださいな」  体を向けた雪政から煙管を受け取りながら、ふふ、と梅之丞は小さく笑った。 「ほんとうに……(あい)も変わらず余韻(よいん)の無い御方(おかた)。雪政様、あちらに行かれたら……奥方(おくがた)様にはくれぐれも、このような()振る舞いをなさいませぬように」 「……お前が案ずる必要はない」  不機嫌な声を返す雪政。おどけた顔を作る梅之丞。ふうっと吐き出した煙草の煙が、ゆるゆると夜の中に溶けていく。 「雪政様ったら、怖いお顔。今宵(こよい)御目(おめ)にかかれる最後なのですから……」  煙管を返しつつ、梅之丞は細い指先をそっと雪政の頬に触れた。 「私の好きな……笑ったお顔が、見たいのに」 「梅之、丞――」  重なる視線。見開かれた雪政の目に一瞬(よぎ)った何か。  けれどもそれは伏せた眼差しと共に、畳の目に吸い込まれ、消えた。
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