BLACK NOON

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「…今日もまた夜が広がっている。」 私は教室の窓から空を眺めていた。 「サキ、何してるの?ぼーっと空なんて見上げて。黄昏れってやつ?」 『黄昏れる』という言葉は、本来は、夕暮れ時になるとか、盛りの時期を過ぎるという意味で、物思いにふけるみたいな意味は俗語表現に過ぎない。と、私は言い返したかったけど、そんなことはどうでも良いことなのでサラリと流すことにした。 「いや、別に。珍しく雲一つ無い空だったからついね。」 「まぁ確かにこんな空も珍しいかもね。」 ユカリが私の隣から身を乗り出して空を見上げた。 「テストどうだった?」 「え?」 ユカリはいつもガラッと話題を変える癖がある。 「…別に、いつも通りよ。聞いてくるってことは、ユカリは点が良かったの?」 とりあえず質問を返してみた。 「ぜーんぜん。」 ユカリはニカッと笑うと、窓枠に寄りかかって仰向けの体勢で空を眺め始めた。 …会話終わり? 私は無駄な時間にイラついた。 「…ねぇ、サキ。」 ユカリが体勢はそのままで私の名を呼んだ。 「何?」 「もうすぐ受験じゃん。やっぱり大学って大切なのかな?大学で人生決まるの?」 「…さぁ。世の中的にはまだ学歴は重要視されてるんじゃない?人生が決まるのかまでは分からないけどね。」 私はそう答えてチラリとユカリを見ると、ユカリはやはり空を見上げていた。 「ユカリ、聞いてる?」 「え、あ、うん。ごめんごめん。」 「自分から会話振っといて無反応なのはやめてよ。」 私は、いつものユカリだとは理解しながらもムスッとしてまた空を見上げた。 …また広がっている。 「…ねぇ、サキ。」 デジャヴな呼び掛けに私は嫌々ながらも返事をした。 「何?」 「…私が疲れてるだけなのかもしれないけどさ…何か空が変に見えるんだよね。」 「え!?」 私は思わずユカリの肩に触れると、ユカリは驚いて窓から落ちそうになったが、私が身体を掴まえて何とか落ちずに済んだ。 「び、びっくりしたぁ!もう、危ないよ!」 「ご、ごめんなさい。あ、あのさ、今ユカリが言ってた空の話って?」 「え?あ、うん。何かさ、空が昼間でも夜みたいに黒く見える部分があるんだよね。今もなんだけど。」 まさに私と同じだった。 「いつから?」 「…え、えと半月前くらいからかな。いつもじゃないよ、時々というか、今みたいに空に注目して初めて気が付く感じ。…サキ、私の言ってること意味分かってるの?」 私の返答は、ユカリにとって予想外だったのだろう。目を丸くして私を見つめていた。 「私も同じなの。昼間でも夜…ううん、夜よりも真っ黒なものが空を覆っていくのが見えるのよ。」 「…一緒なんだ。お母さんと弟にそれとなく話してみたんだけど、全然相手にしてくれなくて、私にしか見えてないと思ってた。」 「私も、私にしか見えてないと思ってた。」 「何なのか分かる?あれ。」 ユカリの問い掛けに、私は首を横に振った。 でも、私も見えるようになったのはユカリと同じ半月前だった。何か共通の理由があるのだろうか。 「不気味は不気味なんだけど、実害はないんだよね。体調が悪いわけでもないしさ。」 「私も同じ。でもさ、黒い空どんどん広がっているよね?」 「うん、何だろ、視界に入る空の範囲の半分くらいまで黒い空かも。」 …やっぱり同じなんだ。 「サキはネットで調べた?」 「この空のこと?ううん、調べてないよ。」 「私ね、ネットで検索したら同じようなこと呟いてる人がいてね。DM送ってみたら返事が来てさ。」 「私たち以外にもいるんだ。それで?」 「何回かやりとりしててさ、その人の場合は昼間でもほぼ夜みたいな空になりかけてるっていうとこまではメッセージのやり取りしてたんだけど、急に来なくなっちゃったんだよね。」 「なんかあったのかな?」 「分からない。」 …この青空が全て黒く染まると何かがあるのかな?私は率直にそう思った。 「あ、そうだサキ。今度行く旅行の話だけど、良いスポット見つけたんだよ。私それを話しにわざわざ隣のクラスから来たんだった。」 ユカリはまた話題を変えた。 ユカリは半月後に行く2人旅行でおすすめのスポットをスマホで見せてくれた。 私とユカリは小学生からの親友で互いのことは誰よりも理解している。一見素っ気なく見える私のユカリに対する態度も長年で醸成された関係があるが故の通常運転なのだ。 「このアイスがめっちゃ美味いらしいよ。」 「へぇ、いいじゃん。ここ行こう。」 この先の進路は別々の大学を志望している。ユカリは何も考えていないかと思っていたら、弁護士になりたいという大きな夢があったことを最近知った。私よりもしっかりした夢があってちょっとビックリした覚えがある。 別々の大学に行っても関係は変わるつもりはない。でも、必然的に会う回数は減るだろう、なんかそんなことをふと考えていたら、何とも言えない気持ちになり、私から今回の旅行を提案した。受験勉強があるから断られると思ってたけど、ユカリは喜んで快諾してくれた。 楽しい思い出を作るんだ。私は余り表には感情は出さないけど、とても楽しみにしていた。 私たちは、毎日空の様子を窺いながら日々を過ごした。 旅行の前日には、昼間でもほぼ夜みたいに黒く染まっていた。 「…何か明日にはあの一部見えてる青空も黒くなりそうだね。」 「白夜の反対だ。黒昼(こくちゅー)?」 ユカリは笑いながら言った。 「何よその造語。」 「何か結局良く分からないけど、サキと同じだからいっかって思ってる。2人で夜の中を生きてこうよ。」 「…そうだね。私もユカリと一緒だから何か平気な気がしてるよ。明日の旅行楽しみだね。」 「うん。絶対遅刻はしないでよ!飛行機は時間に煩いから。」 「ユカリには心配されたくないなぁ。」 私たちは笑いながら分かれた。 翌日、目的の島に行く飛行機が私たちを乗せて飛び立った 。 飛行機の小さな窓から見えていた空。窓側の私はじっと空を見ていた。そして、飛び立ったと同時に最後の青い部分が黒く染まっていったのが見えた。 その瞬間、なんだか寒気が全身に走った。 「…サキ?」 隣のユカリは心配そうに私に話し掛けた。 「飛行機苦手?」 私は首を横に振った。 「…空が黒くなった。」 「…そう。」 ユカリの「そう。」という声のトーンに違和感を覚えた私はユカリの顔に視線を向けた。 ユカリはじっと前を見つめていた。 「…ユカリ?」 ユカリは突然私の手をぎゅっと握りしめた。 「ど、どうしたの?」 「…あのね、きっと私たちはこのまま死ぬんだと思う。」 「…え?」 「私、色々真剣に調べたの。…あの空を見たっていう人はもう全員この世にいないんだって。」 「…なによ、それ。嘘でしょ。いつそれを知ったの?」 「昨日かな。でもね、それに抗えないならサキと一緒だからこのままでいいかなって。…タイミング的にやっぱりこの飛行機か。」 ユカリは何か全てを悟ったような顔つきで、妙に落ち着いて見えた。でも、私の左手を握るユカリの右手は小さく震えていた。 …嘘じゃないんだ。 私はユカリの表情を見てユカリの手を強く握り返した。 それから、数秒後、飛行機はガタンッ!!という音ともに大きく揺れ始め、機内は悲鳴に包まれ始めた。 ー  夜の後には必ず朝が来る。 輪廻転生もまた、死を夜とするならば生を受ける朝が来る。 闇に包まれた世界は決して恐怖で埋め尽くされたわけではない。静かな闇の中で全てが浄化され、朝日の差す一点を目指して進み出す。 …一緒に。 私はユカリの手を決して離すことなく、深い闇夜に辿り着いたのだ。 ー 完 ー
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