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幼稚園ではこの頃、ちょっとした怪談話が流行っている。特に、小学生のお兄さんお姉さんがいる子は、こわい話を集めては、得意げにクラスの友だちに広めるのだ。
「知らない人の顔って、誰のこと?」
「知らないヒトなんだから、知らないしっ。何言ってんのおかあさん」
5歳児に小馬鹿にされた。
まあ、いいわ。
私は窓から外の様子をじっと眺めた。
流れる雲の合間から、青い空がのぞく。
「勇くん、雨が上がったみたい。ためしにお外、行ってみる?」
「えええ〜! ヤだよぼく行きたくない。おうちで待ってる」
「お母さんが一緒だから平気よ。長靴を履いていこうか。お父さん、今日は早く帰って来るって言ってたし、もしかしたら途中で会えるかもよ?」
園児たちの噂に乗せられて、雷雨のあとの水たまりを見に行く。
なんて馬鹿馬鹿しい。ささやかな冒険。
おとな心のすき間に、子ども心がそっともぐり込んできた感覚が、妙にくすぐったい。
もちろん、水たまりの中に知らない誰かが見える怪異なんて、信じてないけど。
玄関のドアを開けるとむわっとした空気が肌にまとわりついた。かすかに雨の匂いを含んだ風が吹き込んできて、私は鼻いっぱいに息を吸う。
勇希が両腕を「ん」と広げてきたので、条件反射で抱き上げた。
まだ5歳、されど5歳、それなりに重い。でもそのうち抱っこしたくてもできなくなるだろうから、この重みに耐えられるうちは頑張りたい。
自宅前の公園まで歩いて行くと、ブランコ近くのくぼみに水がたまっていた。大きな水たまりには、空と雲と逆さまになったブランコが映っている。
うすく光が差しているためか、雨天の日よりも明るく澄んで見えた。
勇希を足元におろして、かわりに手を握る。
「一緒に見てみようか。せーの」
水たまりをのぞき込んだ勇希と私は、あっと声をあげた。
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