亀は闇を炙り出す

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亀は闇を炙り出す

 ある夜、真由は突然目を覚ました。自分の部屋の中はいつものように真っ暗だった。しかし、奇妙な冷気とともに、どこかから不気味な音が聞こえてきた。彼女は手探りで電気のスイッチを探したが、何故だか見つからない。その時、足元に触れる冷たい感触に、彼女は凍りついた。  「痛っ」真由はかすれた声でつぶやいた。真由が足元に触れた床には、一匹の亀がじっとこちらを見上げていたのだった。カーテンを少し開け、外の明かりで部屋を照らして見た。亀の甲羅は黒く光り、まるで闇そのものを背負っているかのようだった。その亀は普通の亀とは異なり、異様に大きく、甲羅の縁には奇妙な模様が刻まれていた。模様は光を吸い込むかのように漆黒で、見つめると目が眩むような錯覚を覚えた。  亀はゆっくりと彼女の足元を歩き回り、まるで彼女を調査しているかのようだった。その動きには奇妙な知性が感じられ、まるで何かを語りかけているようだった。真由が動こうとすると、亀は突然、その黒い目を彼女に向け、鋭い視線を放った。その視線は真由の心の奥底を見透かすようなもので、彼女は凍りついた。  恐怖に駆られた真由はベッドに戻ろうとした。しかし、ベッドの上にあるはずの枕が、突然大きく膨らみ始めた。黒い影がその枕から立ち上がり、形を変えていく。それは、人の形をした影だった。影は低く囁き始めた。 「この枕は、夢を吸い取る。そしてその夢の中で、永遠に彷徨うことになる」 「枕、まくらが…」  真由は、言葉にならない声を出し、叫ぼうとしたが、影の方が早かった。影は冷たい手を彼女の肩に置き、その瞬間、真由の意識は暗闇に飲み込まれた。  真由が次に目を覚ましたとき、見知らぬ場所に立っていた。周囲は全て黒い霧に包まれており、何も見えなかった。唯一の光は、足元にいる黒い亀の目から放たれていた。亀は静かに彼女を見つめ、その目の中に真由の過去の記憶が映し出された。 「永遠にこの闇の中をさまようの…」真由は心の中で叫んだ。 その瞬間、影の囁きが再び聞こえた。「お前の魂は、この枕の中に閉じ込められた。お前は闇の中に永遠と留まるのだ」  真由は泣き叫びたい衝動を押さえつつ、逃げ場のないこの闇の世界で、亀の後を追った。彼女の唯一の希望は、この亀が彼女を現実へと導いてくれるかもしれないと思い込む事だった。  だが、その希望も次第に薄れていった。亀の目の光が弱まり、周囲の闇がますます濃くなっていく。真由の足取りは重くなり、闇の中に引きずり込まれていく感覚が強まった。  亀は一度も振り返らず、淡々と前進し続けた。時折、その甲羅に刻まれた模様が妖しく輝き、真由の心に新たな恐怖を植え付けた。彼女は亀に話しかけようとしたが、声が出ない。亀の存在はまるで無言の導き手であり、その先に待つものは分からなかった。 「亀を信じてはいけないんだ…」  真由は、闇の世界から出るには、自分自身と対峙するべきなのだと気づいたのだった。  だが、遅かった。  亀の目の光が完全に消えると闇の中で、真由の絶望の叫びがこだましたが、誰にも届くことはない。  彼女は永遠にこの闇の中で、夢と現実の狭間でさまよい続ける運命となるのだから。          了
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