彼女との別れ

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彼女との別れ

「私が暮らしていた町は冬が寒くて、陽が落ちるのも早くて、嫌だったわ。私は出来ればずっと外で遊んでいたいのに、四時のチャイムがなったら家に帰れって言われて、それが嫌だった。だからあの日、チャイムが鳴らなかった日は嬉しくて、日が沈もうとしているのに、みんなにせがんでずっと遊んでいたの。影踏みをしたのを覚えているわ。」  そんな他愛のない話が続いた。 「だけど、それが良くなかったのよね。きっと。」  その時、彼女の瞳が、初めての灯りを喪った。それは漆黒というべき黒だった。彼女の手は震えていたから、私は手を握った。 「私は鬼の友だちから逃げ切れなかったの、影ふんだーってその子が思い切りジャンプして足を伸ばしてね、私の真っ黒い影を踏んだの。そしたら…穴があったみたいに足から影の中に落ちちゃったの。嘘でしょ?ってなって、私は辺りを探したし、ほかの友達みんなにも声をかけたの。でもみんな言うのよ。そんな子知らないって…。私だけが覚えている子、声と顔も覚えている。でもそんな子は誰も知らないって…。」  生気を失った彼女の顔を見て、私は抱きしめて、もう話さなくていいと伝えた。しかし彼女はそのまま続けた。 「それから、私、真っ黒いものを見るのが怖くて、真っ暗なのがいやなの。だめになっちゃったの。日が沈むと怖いから家から出なかったし、いつも太陽の方角を見ていたわ。そしたら影を見ないで済む。自分の髪の色も怖いから染めて不良扱いされたわ。話しかけてくる人も沢山いてくれたけど、みんなの瞳の中も覗き込まないように笑ってなるべく目を合わせないようにしたの。ひとりでなら、きっとこんな貴重な生活をしても迷惑をかけない、太陽が沈まない場所を歩けばなんとかなる、そう思っていたの。でも…」  しばし、間が空いてから、おもむろに彼女が私の上に乗り、私を見つめてまた口を開いた。今、その瞳は開かれ、吸い込まれそうなほどの闇だった。 「でも、君の目なら、私がまっすぐ見つめても真っ暗にならないよね。君とならやっていけそうな気がするんだ。」  その言葉に、わずかだが、初めて、彼女に対して不快感を覚えてしまった。それがいけなかった。ふたりは見つめ合ったとき、  彼女は、明らかに狼狽していた。 「うそ、真っ黒、なんで?」  そして、彼女は、私に向かって倒れ込み、  瞳の中へ落ちていくように、消えた。
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