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起きなきゃ… 起きて、用意しなきゃ… お父さん、ちゃんと起きたかな? コーヒーと、パン…用意しなきゃ…… 昨日は、帰ってきてくれたのかな? 起きなきゃ…起きないと、また…… 重たい瞼をゆっくりを開ける まだ寝ぼけているのか、それとも夢の中なのか… 僕の部屋じゃない気がする 知らない天井と知らない布団 抱き締めてくれる人の温もりに、徐々に目が覚めていく 「……夢じゃ、なかったんだ…」 顔を横に向けると麟君が嬉しそうに笑いながら眠っていた 手をギュッと握られているから、ベッドからも出られない 彼の長い睫毛が揺れるのをじっと見ていた 何か夢でも見ているのか、時々クスクス笑っているのを見ていた 昨晩の告白を思い出して、つい嬉しくなってしまうものの、同時に暗い影が胸の奥に落ちてくる 「……速水君が、本当の僕のこと知ったら…嫌われるんだろうな」 まだ眠っている彼の唇にそっと触れるだけのキスをし 「麟、くん…大好きだよ。僕のこと、好きになってくれて…ありがとう」 自分の胸の中にある唯一残っている気持ちをそっと言葉にする 彼が起きてしまわないように、そっと抜け出し、ギュッと握られた手を離そうとした瞬間 「朱鳥、どこに行く気?」 さっきまで眠っていたとは思えない程、はっきりした声音で声をかけられ、ビクッと肩を震わせて驚いてしまう 「おはよう。何処に行くつもり?」 手を握られたまま起き上がり、真剣な眼差しで僕を見てくる トイレとか、何か、言い訳をしようとするけど、麟君の目に見詰められると何も言えない 「本当の朱鳥がなに?朱鳥…またあの家に戻ろうとしてる?」 眉を顰め、どこか怒っているような彼の声につい顔を背けてしまう 「………」 「朱鳥…?そんなに言いたくないこと?」 無意識に手が震えてしまっていたのか、心配そうに僕を労わる声が聞こえる 「…僕は…綺麗じゃないから……パパの代わりに、何度も…お父さんに抱かれた、し…僕が…お父さんの秘密をパパに、言っちゃったから…」 震える唇で溢した声は、ホントにか細くて、窓から聴こえてくる鳥の声にすら掻き消えそうだった 「Ωじゃ、ないのに…男なのに…、僕は何度もお父さんに抱かれた。 嫌なのに、気持ち悪いはずなのに…お父さんので何度も突かれて、精液を出されて…僕自身も何回もイッた…イキたくないのに、何回も……」 懺悔のように言葉にする度に涙が溢れ出してくる 麟君は何も言わずにずっと聞いてくれているけど、僕が言葉にする度に顔が険しくなっていく 「Ωじゃないのに、巣を作らされた。身体が熱くなって、訳もわからなくなる薬を沢山飲まされた。発情期(ヒート)なんて来ないのに、発情期(ヒート)になれって命令されて… 声を出しちゃダメ。喋っちゃダメ。顔を見せちゃダメ。『朱鳥』は要らない」 ぐちゃぐちゃになるほど泣きながら、今までずっと溜め込んでいた恨み言を口にする 「僕はパパじゃない!僕はΩじゃないっ!お父さんなんて嫌い!大っ嫌い!誰も愛してなんてくれない!僕なんて…僕なんて……生まれて、こなきゃ…良かった…」 ずっと思い詰めていたことを口にした瞬間、麟君がギュッと抱き締めてくれる 「朱鳥、ずっと頑張ってたんだな…。ずっと、そんな苦しいの、抱えてたんだな…」 僕を抱きしめる腕が、どんどん強くなって、麟君も泣いてるみたいだった 「朱鳥、もうあんな家に帰らなくていい。家においで。オレと一緒に暮らそう?」 麟君の手が僕の後頭部を撫でくる 「朱鳥、愛してる。オレの番になって欲しい。 朱鳥が嫌がるなら、絶対に手を出さない。キスも…嫌ならしない。だから…」 必死な様子の麟君に戸惑ってしまう 僕の意見なんて、意思なんて、そんなもの今までなかったから… 「僕なんかで、いいの…?こんな、醜いそばかすもあるし、βだし…身体も…汚れ出るし…なんの取り柄もないのに……」 目元の涙を親指の腹で拭ってくれ、そのまま唇に優しく触れてくれる 「オレが番になって欲しいのは朱鳥(あすか)だけだよ αとβでも、父さんと母さんみたいに夫婦にも番にもなれる オレは番になるなら朱鳥(あすか)がいい。朱鳥(あすか)だけしか考えられない」 抱き締められてるせいで、(りん)君のドキドキする心音が僕にも伝わってくる 「朱鳥、愛してる。朱鳥が取り柄もないなんて思ったことない。 オレこそ、成績も朱鳥に負けてαっぽくないだろ?」 冗談っぽく笑いながら言ってくれるけど、その目は真剣で、目を逸らすことなんて出来なかった 自分で必死に否定の言葉を探しても、その度に麟君が僕を肯定してくれる 僕を、僕として彼は求めてくれる パパの代わりなんかじゃない 誰かの代わりなんかじゃない 僕を僕として…『朱鳥』としてちゃんと見てくれる 「僕も…麟くんが…好き。大好き」 自分からも応えるように抱き付いた あの保険室で初めてキスした時のように、何度も繰り返し『好き』って伝えて、その度にキスをした 幸せ過ぎて夢じゃないかって思った でも、抱きしめてくれる力強さが、これは現実だって教えてくれた
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