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*14 あふれ出た本当の気持ちを、打ち上げる
窓の向こうに広がる校庭では、キャンプファイヤーに点火されたとかで、いよいよ生徒たちの盛り上がりが最高潮になっていくのが聞こえる。奇声のような雄叫びのような大声がとどろき、バカ笑いが重なる。
すっかり暗くなった廊下を、俺は獅子倉たちのいる教室に背を向けて足早に歩き出す。足音も掻き消されるほどの騒がしい音が、ひと気のない校舎内に響き、それが一層俺のみじめさを煽る。
「……バッカじゃねーの、俺」
早足に歩きながら呟いた言葉は、頬を伝ってあごから滴り零れ落ちていく。あとからあとからあふれる後悔は、拭われることもなくただ流れていく。
ただ理想の体に出会えたという奇跡を喜び楽しむだけだったのは、いつまでだったんだろう。いつの間に、俺は獅子倉の体だけではなく、その奥にある心にまで惹きつけられていたのだろう。おもしろみのない、マグロの童貞、なんて馬鹿にさえしていたはずなのに……こんなに感情が乱れるほどに好きになっているなんて思いもしなかった。
(こんなのまるで、初めて恋したみたいじゃないか……今更、そんなこと俺ができるわけがないのに)
かわいいうさちゃんと称される見た目を裏切る強い性欲のせいで、ろくな恋愛をしたことがなかった。かわいいからと言い寄られ、勝手に相手に抱かれているイメージよりも少し違う振る舞い――例えば、恥じらうことなく自ら脚を開くような、相手に跨るようなこと――をしただけで幻滅されてしまうから。
それならば後腐れのないワンナイトだけでいい、と開き直ってしまってからはただただ自分が満たされることばかり考えていた。相手のことなんて、知った事じゃない、と。
それでもなお満たされないセックスしかできず、俺はますますフラストレーションがたまるばかりだった。
だけど、そんな時に出逢った獅子倉とは、セックスをする目的は彼に快楽やその技を教えること。その途端、それまでとは全く違った角度でのセックスの楽しみ方を知ったのだ。
ただ体を重ねて貪り合えればそれで満足できるはずと考えていたのに、獅子倉とはセックス以外でも逢瀬を重ねていく機会が増え、それに比例するようにセックスで満たされる機会が増えた気がする。
「だからって……俺があの人の恋人になれることなんて、絶対に――」
ぐるぐる考え事をしながら歩き回った末、辿り着いた薄暗い渡り廊下で立ち止まり、俺は呟く。言葉にしてしまえば、思考は命をもって現実になってしまうだろう。イヤだと思う反面、それを覆す術なんて俺にはないのも解りきっている。そんな奇跡、俺に起こるわけがない。
それなのに、俺の呟きを消すように背後から聞き慣れた声が俺を呼び、そして抱きすくめてきた。
「宇佐さん!」
「……獅子倉、さん?」
振り返ろうにも、しっかりと背後からホールドされるように抱きしめられ、身動きが取れない。しかも、肩口の辺りには熱い何かが押し付けられ、じんわりと濡れていく感触がする。これは、涙……? そう思った瞬間、更に少し離れたところから、「勝兄!」と叫ぶ声がする。
俺を捕えていた腕の力が緩み、そっと振り返ると、泣き濡れた顔をした獅子倉がゆっくりと呼ばれた方に向き直るところだった。
つられるように俺も背後に視線を向けると、俺と獅子倉から数メートル離れたところに、走って追いかけて来たらしい狐塚が息を切らせて立っている。
「もうその人はやめなよ、勝兄。ろくなことにならないのはわかりきってるじゃんか。叔父さん達にどう説明を――」
「僕のことは、僕が決める」
「でも! あの叔父さん達が、勝兄がようやく連れてきたのが男なんて知って、正気でいるわけがないじゃんか」
「だったらなんだって言うんだ、賢。これは僕の話であって、賢の話でも父さん達の話でもない。僕のことを想って言ってくれているのだろうけれど、そういうのは、気持ちだけでいいんだ、賢。お前が僕のことを兄のように慕ってくれていて、それで心配してくれているのは、よくわかった。だけど、人生において大切な人は、僕は、自分で選びたい」
獅子倉の言葉に、俺が驚きで目を見開いて彼を見上げると、彼は俺の方を潤んだ眼でやさしく見つめてくる。その眼差しは、彼といるといつも感じるあたたかさを湛えている。
ああ、俺、やっぱりこの人ともっと一緒に居たい。肌も体温もすべてを分かち合いたい――そんな想いが強く湧き上がってきて、俺は無意識に呟いていた。
「――好きです、獅子倉さん。俺は、あなたの身体もすべて、好きです」
唇をこぼれて言った言葉は、俺を見つめる彼の唇に掬い上げられるように受け止められ、そしてその言葉ごと重なり合う。裸同士でなく、初めて交わした口付けは、セックスの時のそれよりも深く、甘い味がする。
狐塚が見ているのも構わずキスをしてきた獅子倉は、ゆっくりと唇を離したのち、熱い吐息交じりに答えた。
「僕も、宇佐さんのすべてが好きです。どうか、僕の生涯のパートナーになってくれませんか」
その瞬間、夜空がパッと明るくなり、続いてとどろくような爆音が聞こえてきた。思わず獅子倉に抱き着くような体勢になりながら空を見上げると、そこには大輪の花火がいくつも開いていた。どうやら後夜祭はフィナーレを迎えたらしく、最後の花火が打ち上げられているのだ。
呆気にとられ、抱き合うようにしてそれを見上げている俺と獅子倉に、「あーあ、出来過ぎなんだけど」と悪態をつく声がする。ハッと我に返って顔を向けると、苛立ちを通り越してあきれたような顔をしている狐塚が腕組みをしてこちらを見ていた。
「賢……えっと、これは……」
「勝兄がその人に本気なんだってことは、よくわかった。俺からはもう何も言わないよ」
「……賢、ありがとう」
「でも、俺からはもう手助けもしないからね、勝兄。叔父さん達とどうするかは、自分で考えなよ」
まるで今までの獅子倉が狐塚の存在なしでは成り立たなかったかのような言い草に、俺はカチンと来て、つい、「君の手助けなんかなくても、獅子倉さんはちゃんとやれる!」と、言い返してしまった。
「あっそう。じゃあ、これからは淫乱なうさちゃんが尽くしてあげるんだね。まあ、せいぜい頑張りなよ」
狐塚はムッとした顔をしつつも、大袈裟なように肩をすくめ、それから背を向けてそう言い捨てて去って行く。その細い薄い背中は儚げで、まるで迷子のように見えたのを、俺と獅子倉は見えなくなるまで見つめていた。
次々と打ち上げられる花火の明かりの下、俺と獅子倉はしばらく抱き合うようにしていたのだけれど、その内にここが校内であることを思い出し、パッとどちらからともなく身体を離し、うつむく。裸だってなんだって知っているはずなのに、想いを告げあった途端に恥ずかしくなってきたのだ。
それでも、先ほどの獅子倉の言葉の真意を確かめないといけない。なにせ、とんでもないことを口走っていたのだから。
「あ、あの……獅子倉さん。さっきのは、本気?」
「さっきの、とは?」
「あの、俺を生涯のパートナーに、とかっていうのは……」
好きだどうだというのは、まだいくらかわからなくはないにしても、いきなり“生涯のパートナーに”というのは話が大きすぎやしないだろうか。しかも、狐塚との話によれば、頭が固いという獅子倉の両親に対面しないといけないことになっている。
あまりに思っていたものと違う事態の展開に、俺が確かめるようにおずおずと訊ねると、獅子倉は再び俺をきつく抱きしめてきて、囁く。
「本気です。僕は、宇佐さんとこの先の人生を共にしたいんです」
「え、や、ちょ……ええ?」
「僕は、あなたを愛しています。宇佐さんも、僕のことを好きだって言ってくれたじゃないですか」
「そう、だけど……」
だからっていきなり生涯を共に、というのは時期尚早ではないか? と、言いたかったのだけれど、俺を見つめてくる獅子倉の目と、抱きしめてくる腕の力の強さに、断ろうと捻りだそうとする理由が、片っ端から消えていく。そしてすべてが空っぽになってしまい、あるのはただ俺が彼を好きという気持ちだけになっていた。
この気持ちを潰す気はないし、何より、彼は俺が唯一理想とする身体の中にある想いを、惜しげなく注いでくれるのを知っているからだ。
「宇佐さん、どうか、僕とこの先を歩んでくれませんか?」
改めて獅子倉の腕に抱かれながら告げられた言葉に、俺は小さくうなずいて答えると、獅子倉は嬉しそうに顔をとろかせて俺を抱きしめる。
「ありがとう、宇佐さん!」
飾り気なくまっさらな獅子倉の言葉はあまりに眩しく、俺がいだく新たな不安さえも掻き消すように輝いて見えた。
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