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*3 トンデモなお願いと、それを請け負う俺
時代錯誤も甚だしい言葉と、その言葉の意味に俺は咄嗟に言葉を返せず、ただ口を半開きにして獅子倉を見つめ返す。
当の獅子倉は言ってしまったらある程度スッキリしたのか、若干まだ赤い顔をしつつも、先ほどまでの挙動不審さは薄まった様子だ。
だからなのか、先ほどの言葉に補足するように獅子倉は言葉を続ける。
「実は、両親……特に父親から、僕の恋愛経験知のなさを心配されていまして……“このまま女を知らないで生きていくのか?”なんて言われてしまう始末でして……。ただ、僕、見てお分かりの通り、こんな姿ですし、女性とお付き合いだとか全然で……お見合いとかでも、即日お断りばかりで……」
「で? だから、男に走ったっていうことですか?」
「や、いやそのそうではないというか……あの……女性には全く相手にされないので……同じ男性に、その……ふ、筆おろしを……お願い、しようかと……」
「……要するに、女性を相手にする前に、男で練習したい、ってことですかね?」
「まあ……そう、なりますかね……」
今時我が子に過干渉過ぎるだろうと思われる獅子倉の両親(特に父親)に呆れもしたが、それに抗いもせず、どう対処するかばかりを考えている獅子倉自身にも呆れてものが言えない。頭が固そうな印象を勝手に持っていたけれど、同じ頭の固さでもジャンルが違う気がした。
性体験のあるなしで一人前かどうかを判別するのもどうかと思うし、それを子どもに押し付ける親もどうかと思う。昭和かよ……と思いつつも、人様の、親御さんに対してそこまでは言えないので、ぐっと飲み込む。
獅子倉も多少妙なことを口にしている自覚はあるのか、申し訳なさそうに身を小さくしている。
その縮こまった肩は、そうはしていてもやはり大きく、筋肉が分厚く、その前方に腕の狭間に隠れている胸元も、胸板と呼ぶにふさわしい厚さをしているのが窺える。シャツの下には触れれば弾けんばかりの筋肉が眠っていて、それはきっと俺がいままで巡り会ってきた誰よりも無尽蔵な体力が秘められている気がする。そして、いまはいつの間にか正座をされていてよく見えない下半身には、期待を裏切らない雄芯が息を潜めているのではないだろうか。
要するに、彼は、俺の理想とする肉体を持て余しているとも言える。俺の夢を叶えるだけの可能性を秘めた肉体が、いま、目の前で俺に初めてを捧げたいと言っているのだ。こんな夢のようなことがあるだろうか。
だから俺は、いますぐにでも獅子倉を床に押し倒したい衝動を抑えつつ、平静を装いつつ、念のため確認事項を訊ねた。
「獅子倉さん、あなたが、童貞を捨てるために俺とセックスをしたい、というのは、つまり、俺を抱かせてくれというワケですよね?」
「あ、はい……ダメ、ですかね……」
「いやまあ、俺はアプリのプロフにネコって書いてるんで別にいいんですけど……獅子倉さんは、良いんですか? 女性との、じゃなくて」
「僕はもう三十二です。この年齢で今更童貞を請け負ってくれる女性なんていないですよ」
「風俗とかに行けばいいんじゃないんですか?」
「それは……ちょっと……ハードルが……」
ゲイ専用のマッチングアプリに登録して、見ず知らずかもしれない相手に筆おろしを頼む方がよっぽどハードルが高いと思うんだけれども、どうも獅子倉にとって女性と何かをする、ということ自体ハードルが高いようだ。ただ会話をするとかだけでも緊張してしまうらしく、そのせいで強面の厳つい顔が余計すごみが増してしまうという。
そう考えると、筆おろしだけでも同性に頼んで、性行為自体を一先ず体験して、経験値をあげる方が得策にも思える。
どこかで、男が怖いから、女性同士で性体験をした上で男女の行為に及ぶ、なんてなかなか倒錯したことをする人もいるにはいるらしいことを聞いたことがあるので、男同士でまず体験する、というのもアリなのかもしれない。
ただ一点心配があるとすれば、俺と獅子倉は同僚であるということだ。その点はどうするのだ、と問うと、獅子倉は少し考えた上でこう答える。
「こうして宇佐さんと巡り会ったのも、運命のようなものなのかもしれません。僕は決して今日のことは他言しませんから、どうか、お願いできないでしょうか?」
正座した体勢からきりっと顔をあげ、きっぱりとそうまで言われてしまうと、無下に断ることができない。何より、獅子倉は俺のことを信頼した上で、筆おろしを頼んできているのだろうとも考えられる。
そうなると、あとはもう俺が請け負う腹を決めるだけだ。
だから俺は正座している獅子倉の前に膝をつき、そっと耳元に近づいて囁く。
「……わかりました。俺は運命とか何とか言うのはよく解らないし、信じていないけれど、獅子倉さんがそこまで言うなら……セックス、しましょうか」
日中職場で見せる“かわいい処女童貞のうさちゃん”ではなく、貪欲に男を求める優太として、俺は獅子倉を見つめ、赤く染まる頬に口付ける。それだけ、獅子倉はびくりと肩を震わせる。触れるだけのキスさえも、彼にはかなり刺激的らしい。思っている以上に初心な反応をする獅子倉に新鮮味を覚え、俺の中にある加虐性が疼いてしまう。もっと、彼を甘く啼かしてみたい、と。
そっと獅子倉を立たせ、そのままゆっくりキスをしながら後退させてベッドに座らせる。その間ずっと、獅子倉は身体を固くして目をつぶっている。
こんなに俺より大きくて強そうでたくましい体をしているくせに――この人、かわいいな。そう思ってからの俺は、何かのスイッチが入ったように獅子倉にキスを繰り返す。触れるものから唇を舐め、舌先で突きながら口を開けさせ、舌を絡ませる。獅子倉の舌は強張っていて、俺に嬲られるがままだ。
「ン、ンぅ……ッは、ン……」
「ッふふ……獅子倉さん、キスも、初めて?」
「は、はひ……んぅ……」
それも納得がいくほどに緊張しているのがわかる獅子倉の身体の強張りを、俺は解凍していくように愛撫しつつ、押し倒していく。ゆっくり、音がしそうなほどぎこちなく、獅子倉はベッドに横たわっていく。自然と俺が大きな彼の上に跨って見下ろす形となって、まるで大きな彼を、彼より小さな俺が屈服させたかのようで気分がいい。
思わず片頬をあげて悪い顔をして笑いたくなるのを堪えながら、俺は覆い被さるように獅子倉に幾度目になるかしれないディープキスをする。もはや獅子倉の口許はよだれでべたべたに濡れている。強面で近寄り難ささえある昼間の姿からは想像もうできないほど、いまの獅子倉は無防備だ。
既に呼吸が荒い獅子倉は、俺をすがるように見上げながらぼうっとしている。生まれて初めてのキスがこんなに激しいなんて思いもしなかったという顔だ。その顔がたまらなくかわいらしく、ますます俺の夢を叶えられる期待が高まる。
「じゃあ、俺の、触ってくれる?」
「え、あ、えっと……」
俺に声をかけられ、獅子倉はハッと我に返り、慌てて俺の――唇に指先で触れてきた。獅子倉のよだれにまみれたそこを、彼はただ子どもにするように撫でている。
そんなことをされても、俺は性的に何も興奮しないのは言うまでもないのだが……獅子倉は真っ赤な顔をして懸命に撫でている。
「……獅子倉、さん? 何してるの?」
「えっ……触って、って言うから……違うんですか?」
「違うって言うか……獅子倉さん、どこ触ったら気持ちいい?」
「え、っと……」
「ここ、とか?」
「っひゃあ!」
試しに獅子倉のシャツ越しの胸元に触れると、獅子倉は少女みたいな声をあげた。どうやら胸は彼の性感帯のようだ、と悟った俺は、ゆっくりと分厚い胸板をまさぐり始める。
胸板のラインを撫で、じわじわと存在を誇示し始めた胸の飾りの辺りを、布越しに引掻いたり摘まんだりしてみたのだが、先ほどのように声をあげはしない。胸が性感帯ではないのか?
筋肉質だと触られることに敏感になると思って、さっき胸元に触ったことはその反応かと思ったが、ただ単に驚いただけらしい。その証拠に、いま獅子倉はぼうっと俺を見上げたまま寝ころんでいる。
自ら触ることもなければ、触られて反応を示すわけでもない。いくら今夜が初めてだとは言え、もう少しリアクションがあってもいいだろうに。
……もしかして、いわゆる、“マグロ”なのか?
一瞬層も考えたけれど、触れて感じるにはそれなりになれが必要だとも聞いたことがあるので、それならば、相手である俺の裸体でも見たら何かが変わるかもしれない。釣られて興奮が促されたりするかもしれない、そう、考えたのだ。
だから俺は、獅子倉の上で一枚、また一枚と服を脱ぎ、肌着を脱ぎ捨て、何もまとわない姿になってみせる。獅子倉は、その様を唖然とした顔で見ていた。
それから俺は薄く笑い、また獅子倉にキスをしながら、もう一度彼のシャツに手をかける。今度は服地越しでなく、直に触れて、より刺激を与えようと思ったのだ。
「あ、あの……宇佐さん……僕は、どうしたら……」
「なにもしなくていいよ……俺が、超気持ち良くしてあげるから」
その言葉に、微笑みに、獅子倉の頬がかぁッと染まっていく。桜色の反応は彼をより魅力的に俺の目に映し、より一層欲しくなってしまう。
彼が抱けないのであれば、俺がまず抱き方を教えればいいんだ――そう、思い至った俺は、嫣然と微笑みながら、強張る肌に舌を這わせていった。
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