9人が本棚に入れています
本棚に追加
絹江は居室で窓の外を眺めソワソワ落ち着かない。
どれくらい振りかしら?
助次郎さんと待ち合わせしていたあの頃以来かもしれないわ。
夜遅くに出会った不思議な坊や。
無事に帰って来れますように。
そし夜の帳が降り草花も眠りにつき星がより一層輝く頃…。
うとうとしていたら『山之内絹江さん』と名前を呼ばれ目を開けると枕元に坊やが立っていた。
「坊や…待っていたわ」
『本当はもっと早く現れたかったのですが…この建物は人が多くて』
少年は申し訳なさそうにするが絹江はふと思った。
確かに施設は誰かしらスタッフが出入りするから仕方ないわね。
少年は鞄からノートを取り出し井川助次郎からの言葉を届けた。
言葉を受け取った絹江。
「まさか…まさか…」
「あのハンカチーフまだ持っていたのね」
お世辞にも上手とは言えない花とイニシャルの刺繍。
うれしい…。
絹江は大粒の涙を流すと微笑み少年の手を取ろうとするが…その手は少年の体をすり抜けた。
少年には肉体がない事を思い出しハッとした。
「ご…ごめんなさい坊や」
少年は首を振り『気にしないでください』と微笑んだ。
「坊や…これで思い残す事はない…」
「来世で助次郎さんに会えるのを楽しみにしているわ」
『それじゃ僕はこれで』
「ありがとう」
「ありがとう坊や…」
大粒の涙を流し微笑む絹江はまるで少女のようだ。
それから数時間後。
絹江は静かに息を引き取った。
彼女の表情はとても穏やかで家族は苦しまずに天国に行けたのだろうと口々に話していた。
最初のコメントを投稿しよう!