えっ!?屋敷の悪霊たちを鎮めていた私を解雇するんですか!?(1話読切)

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えっ!?屋敷の悪霊たちを鎮めていた私を解雇するんですか!?(1話読切)

「リザ、あなたを解雇するわ。荷物をまとめて、屋敷から出ていきなさい」  メイドのリザを睨みつける女主人、アン・ドゥリドゥ。  リザはアンに無実の罪を着せられ、メイドの座と屋敷を追われることになったのだ。  しかし、リザはそれにショックを受けることも、女主人を恨みに思うこともない。  ただ、彼女はひたすらにアンを心配していた。 「あの、マダム……私を解雇してしまって、本当によろしいのですか……?」  リザを解雇するということは、この屋敷に『災い』が起こることを意味していた。  しかし、女主人はこの時は、それを知らなかったのである……。  リザは愛想も器量もよく、自ら率先して仕事を引き受ける、優秀なメイドであった。  ドジを踏むような新人メイドではない。彼女の手際は鮮やかだった。  料理の給仕から屋敷の掃除や手入れ、ときには来客の応対や植物の世話まで、メイドの仕事は幅広い。  そのどれも完璧と言えるレベルまでこなしていく、ドゥリドゥ家の自慢のメイドだった。  そんなリザに嫉妬を隠さない人物がいたのである。  ――屋敷の女主人、アン・ドゥリドゥ伯爵夫人。  夫はその当時、辺境に長期の視察に出かけており、アンが屋敷を仕切っていた。  リザはメイドとしてアンに忠実に仕えていたが、アンはリザが気に入らなかったのだ。  アンは美食を好み、運動を嫌う。そのせいででっぷりとした体型で、お腹が妊婦のように膨らんでいるのがコンプレックス。  一方のリザは仕事でよく身体を動かしているためか、とてもスタイルがいい。  ドゥリドゥ家の屋敷に客を招くたびに、リザと比較される視線を感じており、アンはだんだんリザを憎むようになった。  ……そのわりには、ダイエットはしないのだが。  そういうわけで、アンは嫉妬の念から日常的にリザには攻撃的。 「リザ! 窓枠にホコリがついていたわよ! 掃除もマトモにできないの!?」 「申し訳ございません、マダム」  まるで嫁姑のような嫌がらせや意地悪を繰り返すアン。  しかし、リザはそれでも女主人に尽くし続けた。  そんなリザが、アンは余計に大嫌いだった。  ――少しは私を憎みなさいよ。嫌そうな顔をしなさいよ!  悪意に悪意で返されないと、その悪意は自分に戻ってくる。  そして、悪意は自分の胸を不快感で苛んでいた。  そして、とうとう大破局の日は起こってしまう。 「リザ! あなた、私の首飾りを盗んだでしょう!」 「いいえ、マダム。決してそのようなことは」 「だったら、あなたの部屋を徹底的に捜索させてもらうわ!」  こうしてリザに与えられた部屋を漁ると、たしかに首飾りが見つかったのである。  もちろん、これはアンの仕掛けた罠だ。  彼女はリザに無実の罪を着せて、屋敷から追い出そうとした。 「あなたみたいな泥棒は、もう屋敷には置けないわ! 荷物をまとめて、出ていって!」  当然、リザは弁解するべきだ。  このまま濡れ衣を着せられて、屋敷を追い出されるなんて、彼女の忠誠心が報われないだろう。  しかし、彼女は「自分はやってません」などと言わなかった。  ただ、心配そうな表情を浮かべるばかり。 「え、あの、マダム……本当によろしいのですか?」 「何がよ?」 「実は私、霊能者なんです」 「……はぁ?」  リザと同じく、困惑の表情を隠さないアン。 「今まで、夜な夜な屋敷に取り憑いている悪霊たちを鎮め、屋敷の平和を守っておりましたが……代わりの霊能者は用意しているのですか?」 「あなた、何言ってるの?」  アンは考える。  どう考えても、虚言である。  リザは屋敷から追い出されたくない一心で、ホラを吹いているだけだ。  そう思うと、なんと必死なのだろうと、女主人はほくそ笑む。 「今さら、何を言っても無駄よ、泥棒! さっさと荷物をまとめないと、屋敷の外に次々放り出すわよ!」 「……かしこまりました。このたび、お暇をいただきます」  リザは手早く荷物をまとめ、静かに屋敷を出ていった。  それは、嵐の前の静けさだったのかもしれない……。  リザを追い出してせいせいしたアンは、夕方からワインを開けてゴキゲンだった。 「ああ、お酒が美味しい」  しかし、ふと窓の外を見ると、奇妙なものが見えたのだ。 「あんな柱、庭にあったかしら……」  それは、なにか動物を模したような彫り物がある杭だった。  アンが散歩も兼ねて屋敷の周りを探ると、同じような杭が、ちょうど屋敷の敷地の四隅に突き立っている。 「誰がこんなものを置いたの?」  屋敷の使用人たちに聞いても、みな首をかしげるばかり。  もしかして、とアンは直感する。  ――あのメイドが置いたんだわ。でも、何のために?  結局、女主人はその杭を全部使用人に抜かせて、暖炉の薪にしてしまった。  あの女の残したものはすべて処分する腹積もりである。  リザの痕跡を、この屋敷から消し去りたかった。  その夜、屋敷の人間たちが寝静まった頃。  アンは夜中に目が覚めて、トイレに向かうところだった。  厨房の近くを通ると、キィー……キィー……と音がする。  ――まだ起きているシェフがいるのかしら。  夜遅くまで朝食の仕込みをしているのは珍しくない。  ただ、今まで聞いたことのない音だった。  何かがこすれるような甲高い音だ。 「誰かいるの?」  思わず声を掛けると、音が止まった。  アンは一瞬迷ってから、思い切って厨房の中に入った。  このとき、使用人を呼んでおけば、と彼女が後悔しても、もう遅い話ではあるのだけれど。  女主人が音の聞こえてきた方をそっと覗き込むと、誰かがいた。  ただ、全体が黒いモヤのように不明瞭で、直感でわかった。  ――これは人間ではない。  そのモヤはキィー……キィー……と包丁を砥石で研いでいる様子。  アンは青ざめた顔のまま後ずさりして、モヤに気づかれないように厨房を出て、見なかったことにしようと思った。  しかし、ワックスが塗られた厨房の床がひどく滑って、その場に尻もちをついてしまったのだ。  モヤが音に気付いて振り返る。  その手には包丁が握られていて……。 「い、いやーっ! 来ないで!」  たまらずアンが叫ぶと、厨房中の皿や食器が宙に浮き上がり、彼女めがけて飛びかかってきた。ポルターガイストだ。 「キャアアアッ!」  彼女は手で頭をかばってうずくまった。  皿も食器もガシャンガシャンと壁や床にぶつかって割れ、あたりは惨状になった。  トドメとばかりにアンの左頬スレスレに包丁が飛んできて、壁に突き刺さった。 「ヒッ……――」  そこから女主人の記憶はない。  気付いたら使用人たちが駆けつけており、手分けして掃除をしているところだった。 「リザ! リザ、助けて!」  リザの霊能者としての力を本物だと確信したアンは、元メイドに戻ってきて欲しいと懇願する。  しかし、リザは困ったように笑っていた。 「申し訳ございません、マダム。実は既に新しい職場が決まってしまいまして……」 「嘘でしょ!?」 「というかですね、悪霊を鎮めるために、結界として杭を置いたはずなんですが、効果はございませんでしたか?」  杭。アレは結界だったのか。  アンは暖炉の中で灰になったものを見て、へにゃへにゃと座り込んでしまった。  その後、ドゥリドゥ家は没落し、屋敷は肝試しスポットの廃墟になってしまったのである。  一方その頃、リザは新しい屋敷で素敵な使用人に出会って、お付き合いを始めたそうな。 〈了〉
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