SF浦島太郎

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    「今日も何も釣れなかった……」  独り言を口にしながら、背中を丸めた姿勢で、一人の青年が砂浜を歩く。  言葉にすると大袈裟だが、彼自身、それほど強く嘆いているわけではなかった。  魚釣りなんて、しょせん暇つぶしだ。仕事を辞めた今、他にすることがないから、近所の海で釣り糸を垂らしているだけ。収入がゼロな分、せめて晩飯のおかずくらい自分で確保できたらいい、という程度の気持ちだった。  もう寒い季節だから、海水浴客の姿は見えない。ただ「子供は風の子」という言葉があるように、小さな子供たちが砂浜で遊んでいた。 「なんだ……?」  彼らは一箇所に群がっており、それが妙に青年の気を引いた。  近寄ってみると、子供たちが取り囲んでいるのは、一メートルくらいの丸い物体。  大きな海亀だった。手足に相当するヒレを、バタバタさせている。 「こいつ、動くぞ」 「まるで人間みたいだな!」  海亀の動きが、子供たちには面白かったらしい。木の棒で突いたり、小石を投げつけたりしている。  それは弱いものいじめに見えて、青年には、正しくないことだと思えた。自分が無職なのも決して正しいことではないが、子供による海亀いじめは、それ以上に間違っていると感じたのだ。 「おい、お前たち! やめろ!」  青年が釣り竿を振り回して威嚇すると、子供たちは蜘蛛の子を散らす勢いで逃げていく。  残された青年は、助けた海亀に目を向ける。前足のヒレを頭に乗せている海亀は、あの子供たちではないが、本当に人間を彷彿とさせる格好だった。そのせいか、つい話しかけてしまった。 「おい、大丈夫か?」  もちろん、返事など期待していない。完全に独り言のつもりだった。ところが、驚いたことに、 「はい。おかげさまで、助かりました」  と、海亀が人間の言葉で返してきたのだ!    
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