娘と父

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娘と父

「お父さん、小鳥が鳴いてるよ」  私が言うと、お父さんは、 「ああ、雨が上がったんだろう」  と答えた。  失業したせいでお酒に呑まれるようになり、お母さんへの暴力が日増しに酷くなっていった。  二年前。  お父さんが飲酒運転で事故を起こしたことが地獄の日々の始まりだった。私の麻痺もそれが原因だった。  プライドが高かったお父さんは、薄給の仕事では慰謝料を払えないと言い、会社のお金を横領しだした。  それは警察案件だったが、会社は事情を汲んで通報しないでいてくれた。  でも解雇は避けられず、お父さんは仕事を失い、会社への返済もすることになって、二重の意味で支払い義務が生まれた。  転職しようとしても、プライドの高さが邪魔をしてうまくいかない。  次第にお酒に頼るようになり、日常的にお母さんに暴力を振るうようになった。  私とお母さんは逃げようとしたが、当時の私は事故の影響で本当に手足に力が入らなかった。  お母さんは私に言った。 「美和は今年で10歳。あと4年、罪を犯しても捕まらないの。日本の法律は、14歳未満は逮捕もされないようになってるから。だから、お母さんの代わりに、お父さんを殺してくれないかなあ?」  お父さんが理不尽にお母さんを殴る場面に怯えていた私は、殺すということにとても前向きで、捕まらないならいいかなって思った。  私への暴力もひどかったと言えば、施設に入れられることもなく済むらしい。 「いいよ。やる」  その後、お母さんは私の治療により真剣になって、半年もしないうちに握力が戻った。  でもお父さんの前では、手足に力が入らない娘を演じて、薬を変えることになったと伝えた。  14歳になるまでの間になるべく早くお父さんを殺す。  私とお母さんの共通目的のために、暴行の場面を録音したり動画を撮ったりした。  でもそれは万が一の保険。  計画殺人と思われたら、お母さんが逮捕されるようだ。  私は自宅療養になっていたから、家の中の出来事は密室の中のこと。  時折会いに来る先生には、なるべく暗い顔をして見せた。  昨日の夜、お父さんはいつものようにお母さんをひどく殴った。  そのお母さんはパートに出かけ、家には私とお父さんの二人きり。条件が揃った今日、私は事前の計画通り、お父さんの心臓を背中から刺した。  すぐさまお母さんの職場に電話をする。  しばらくして、お母さんは家に帰ってきた。
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