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父と娘
「お父さん、小鳥が鳴いてるよ?」
美和が言うと、父の芳樹は、
「ああ、雨が上がったんだろう」
と答えた。
美和はベッドの上、重ねた枕に背中を預けた姿勢で父と話す。
「ねぇお父さん、今日は七夕だね。短冊に何を書いたらいいかな?」
「美和の夢を書けばいい。夢の一つくらいあるだろ?」
「⋯⋯夢⋯⋯か」
美和はベッドのサイドテーブルに置いてあった短冊を手にして、胸でそっと抱きしめた。
「家族円満。これが私の一番の夢かなあ?」
「そうか。美和は良い子だな」
芳樹は美和のベッドにゆっくりと腰をおろし、黄色の短冊を一枚手に取った。
「俺は美和の病気が早く治りますように、とでも書こうかな。新しい薬が早く効きますように、と」
美和は二年前の事故の影響で、四肢にあまり力が入らない。動かすことは出来るが、物を握ったり掴んだりするのが苦手になった。
箸やスプーンを持つのも難しいため、食事介助が必要だ。当然、鉛筆も持てない。そのため学校には行けず、自宅療養中の身である。
「お父さん、短冊にお願い事を書いてくれる? 引き出しの中にペンが入ってるから」
芳樹は微笑み、頷いた。
「家族円満と書けばいいんだな?」
「うん、お願い」
「分かった」
芳樹はサイドテーブルの引き出しを開けて、銀色のペンを取り出した。無防備な背中に、美和が声をかける。
「今日は優しいお父さん。ありがとう」
芳樹は──ペンと短冊を落とした。
低いうめき声と共に、ベッドから崩れ落ちて行く。
その背後には、ナイフを強く握りしめた美和の姿。虫を蔑むように、父が痙攣しながら果てる様子を見つめている。
「今日は優しいお父さん。死んでくれて、ありがとう」
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