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「良かったじゃん、桜木!」
帰ろうと教室を出た紘哉に、背後から追いかけて来たらしい美波の声。
朗らかな口調の彼女に、すぐには問われた意味が掴めなかった。
「は? ……えっと、本?」
「そう。あたし、桜木が読書するなんて初耳だったよ! 杏理はもちろん知ってたけど」
背中のリュックサックの中に仕舞った『杏理の本』で頭が一杯で、他のことなど考えられない状態なのだが外れてはいなかったようだ。
端から見てもすぐわかるほどに舞い上がっていたらしいことにも思い至らない。
正門へ向かう途中で図書館の前に差し掛かると、美波が立ち止まった。
「ちょっと寄ってくわ。レポートの資料探したいし。桜木は?」
「俺は今はいいかな」
彼女の言葉にも、早く帰りたい一心で首を振る。
「そっか、じゃあね〜」
片手を上げて図書館前の階段を上がって行く美波と別れ、正門を、……その先の駅を目指して歩き出した。
「井上さん、──『杏理ちゃん』の本。スゲー、俺。よくやった!」
帰宅して、私室で通学用のリュックサックから取り出した書籍を机の上において眺める。
教室でもタイトルページや口絵は見せてもらっていたが、改めて表紙を捲って開いてみた。
手作りではなさそうだが、ストライプに花がアクセントになったグリーン基調のカバーは掛かったままだ。
どちらかというまでもなく女性向けなのだろうが、少なくとも「女性のみをターゲットにしたレーベル」の作品ではない。
たとえそうであっても、紘哉には関係なかった。「杏理に借りた」という付加価値に勝るものなど存在しないからだ。
ただの物質に違いないのに、まるで想い人の『欠片』のようで堪らなく嬉しかった。理屈ではなく、心が浮き立つ。
ゆっくりと深呼吸し、紘哉は開いた小説のタイトルページを見つめたまましばらく動けずにいた。
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