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「桜木、ちょっと」  わけもわからず呆然としていた絋哉は、呼ばれるまま廊下に出た美波に着いて行く。  二限目は欠課になってしまうが、正直もうそれどころではなかった。 「あんた杏理に借りた本返してないの?」  構内のカフェテリアに先導され、それぞれ飲み物を買って隅の席に落ち着くなり、美波が咎めるような口調で切り出す。 「あ、うん。まだ読んでて──」  あっさり答えた絋哉に、彼女はわざとらしく溜息を吐いた。 「もう一か月だよ⁉ 趣味に合わないならそう言えばいいじゃん。杏理は気にしないよ、そんなの」 「え⁉ いや、そんなことない。面白いよ!」  慌てて両手を振りながら否定する絋哉に、彼女は、胡乱な目を向けて来る。 「じゃあなんでそんな時間掛かってんの?」 「……大事に、ゆっくり読んでる、から」  事実だった。『好きな女の子に借りた』本。触れるだけで幸せな気分になれる。  一ページずつ、一文字ずつ、目に焼き付けるようにじっくり読んでいた。そういう読み方をするジャンルの小説ではないのは、もちろん承知の上で。 「だったらせめて杏理になんかないわけ? 借りたまんま一か月スルーってさぁ。しょっちゅう顔合わせてんのに。桜木ってもっとちゃんとした奴だと思ってたよ、あたし」 「なんか、って。……え?」  問われた意味さえわからない絋哉に、友人は呆れた様子を隠そうともしなかった。
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