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◇ ◇ ◇
「あの、井上さ──」
「桜木くん、ごめんね。わたし、社交辞令とか理解できなくて真に受けちゃって。興味なんかないのに気を遣って合わせてくれたんだよね? わたし空気読めなくて、本当にごめ……」
翌日、ようやく一人でいるところを捕まえて詫びようとした絋哉に、彼女は話させてもくれなかった。
精一杯の笑顔のつもりなのだろうが、涙混じりの声。
好きな相手を深く傷つけて、こんな辛そうな表情をさせているのは紛れもなく自分なのだ。
「ちが、俺はホントに──」
「もういいの。気にしないで」
すべてを断ち切るような杏理の台詞に、絋哉はそれ以上何も言えずに借りた小説を差し出した。
「ありがとう、井上さん。これすごく面白かったよ。それだけは疑わないでほしい」
「……うん、わかった」
俯き加減で絋哉と目を合わせようとはしない彼女に本を渡すと、踵を返しその場を立ち去る。
──黙ったままじゃあんたが何考えてるかなんて伝わらないでしょ。
美波の言葉が不意に脳裏を過った。
その通りだ。絋哉の喜びも幸せな気分も、何一つ杏理には届いてなどいない。
……考えてみれば当然の結果なのに、最悪の事態を招いた今になるまで絋哉は理解できていなかった。
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