【2】

5/5

6人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
    ◇  ◇  ◇ 「あの、井上さ──」 「桜木くん、ごめんね。わたし、社交辞令とか理解できなくて真に受けちゃって。興味なんかないのに気を遣って合わせてくれたんだよね? わたし空気読めなくて、本当にごめ……」  翌日、ようやく一人でいるところを捕まえて詫びようとした絋哉に、彼女は話させてもくれなかった。  精一杯の笑顔のつもりなのだろうが、涙混じりの声。  好きな相手を深く傷つけて、こんな辛そうな表情をさせているのは紛れもなく自分なのだ。 「ちが、俺はホントに──」 「もういいの。気にしないで」  すべてを断ち切るような杏理の台詞に、絋哉はそれ以上何も言えずに借りた小説を差し出した。 「ありがとう、井上さん。これすごく面白かったよ。それだけは疑わないでほしい」 「……うん、わかった」  俯き加減で絋哉と目を合わせようとはしない彼女に本を渡すと、踵を返しその場を立ち去る。  ──黙ったままじゃあんたが何考えてるかなんて伝わらないでしょ。  美波の言葉が不意に脳裏を過った。  その通りだ。絋哉の喜びも幸せな気分も、何一つ杏理には届いてなどいない。  ……考えてみれば当然の結果なのに、最悪の事態を招いた今になるまで絋哉は理解できていなかった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加