お腹に消えて手に残る

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お腹に消えて手に残る

 お団子を買いに町を歩いていると、突然の雨で身動きが取れなくなった。  木の下に入ったはいいものの、水の入った桶をひっくり返したような雨で、葉からはポツポツ大粒の雫が漏れてくる。  空は晴れているのを見ると、どうやら天気雨みたい。  直ぐに止むとは思うけど、それまでに着物はびしょ濡れになるだろう。  せめてお団子だけでも守ろうと、包を胸に抱く。 「ひでー雨だな」  走ってきた殿方が同じ木の下に入ると、先にいた私の存在に気づき「先約がいたんだな」と口にする。  お互い雨が降るなんて思っていなかっただろうから「ご一緒に雨が止むのを待ちましょう」と声を掛け、雨宿りのお仲間が加わった。  直ぐに止むと思っていた雨は中々おさまらず、頭上からの雫が冷たいと思っていたら、パサッと何かが頭にかけられる。  手で触った感じ、それは手拭いのようだ。 「無いよりはマシだろ」 「それでは貴方が濡れてしまいます」  返さなければと手拭いを掴むと、それを阻止するように手拭い越しに頭に手が置かれ「男が女に風邪ひかせるわけにはいかねーだろ」なんて言われてしまえば、これ以上断るのは逆に失礼。  お礼を伝え有難く好意に甘えさせてもらうことにし、雨が止むのを待つ。  チラリと殿方を見れば、頭上からの雫で髪や着物が濡れている。  見ず知らずの相手に親切な人だけど、このままではこのお方が風邪を引いてしまうかもしれない。  だからといって手拭いを返そうとしたところで受け取ってはもらえないだろう。 「おっ、止んできたみたいだな」  殿方の声で伏せていた顔を上げると、今までの雨が嘘のように青空から眩しい光が差し込む。  目を細もながら天を仰いでいると「それじゃあな」と言う声が聞こえ、慌てて声をかけ引き止める。 「よければこのお団子をどうぞ」 「それはあんたが買ったもんだろ」  手拭いのお礼だと差し出せば、殿方は受け取ってくれる。  どうやら急ぎの用事があったらしく、泥濘んだ地面を蹴って走るその方の背は、雨上がりには眩しくて輝いて見えた。  私ももう一度お団子を買いにいこうと一歩足を踏み出したとき、頭の上に手拭いが乗ったままだということに気付く。  あのお方も急いでいたようだから忘れていたんだろう。  次に会えるかもわからない殿方の事を考え口元を緩ませると、私は雨上がりの下を歩いていく。 《完》
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