一つ目の町

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 小さな古民家は隠れ家のようだった。玄関には鍵があり、ノックして金を払えば玄関を跨げる。  またも、やり取りをアムルが務め、すぐに部屋へと入ることができた。宿主の朗らかな案内に、どれほど心がほぐされたことだろう。 「今日は一日お疲れさま。体の調子はどう? 随分と歩かせてしまったけど」 「……変わりないです」  癖になった台詞が、反射的に零れた。嘘ではない。これは真実だ。  疲弊の加味は感じているが、常に不調は最高値であり、辛さの(あたい)にほとんど差はない。 「そうか」  いつもの笑顔が浮かべられた。施設では見えなかった、悲しみが目に映る。場所が変わり、角度が変わったせいだろうか。  アムルは徐に、肩掛け鞄から四つ折りの紙を出した。因みに、紙はこの地で調達したものだ。その他にも物を購入しており、鞄は出発前より膨らんでいる。  買い物する姿を横目に、金の心配ばかりしてしまった。彼が無計画な人間だと、微塵も思ってはいないが。 「地図を買ったんだ。この地は旅人もよく立ち寄るらしいね。地図、見たことある?」 「あります。同じかは分かりませんが」  遥か昔、幼い頃に見た手描きの地図を思い出す。  逃亡を強制される同志たちが、裏のルートを共有するために作っていた。僕の中の地図はそれでしかない。  アムルはゆっくり、丁寧に地図を広げた。十五センチ四方ほどの紙が四倍になる。  展開されたのは、知る地図とかなり違うものだった。現在地点から既に分からない。目を細めて全体を捉えてみたが、僕に理解できる訳がなかった。  そもそも、僕には文字の教養がなく、読めるのは置き去りにした本のみだった。
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