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不安が覚醒を助け、最終的に気絶するようにして眠る。夢は見なかった。まるで死の中にいるような、真っ暗な眠りだった。
夜が明け、何事もなく外に出る。朝日の眩しさが、帽子の鍔を越えてきた。
出発前アムルの目も借り確認したが、髪の収まりが気になってしまう。
気掛かりを察知されたのか、目の前に影ができた。出発を促す、静かな一声が耳に灯る。
昨日のようにすれば大丈夫――自らを慰め、足の動きを真似た。
町の端へと、着実に距離を詰めていく。
「次の町へは馬車で行こうと思ってる。心の準備をしておいてくれるかい?」
「馬車ですか……」
乗車の経験はないが、馬車の知識は本により得ている。逃げ場のない箱に、放られるのは内心恐ろしかった。
だが、アムルだって考慮した上で決めたのだろう。恐らく、他に選べる道がないのだ。
先の見えない旅路は、時に選択を後悔させようとする。大人しく死んでいた方が、楽なのは楽だっただろう。
「うん、ここは貿易が盛んらしくて、他の町に色々と出荷してるそうだ。で、その為の馬車が随時出てるらしくて。頼めば乗せてもらえると言っていた。隣町に行く人間は、大体がそうやって行くんだと」
「なるほど……」
アムルは息を切らす僕を止め、休憩を促してくる。
日陰に埋まりながら屈み込んだ。同じく屈みながら、アムルは穏やかな横顔でプランを語りだす。
彼だって辛いはずだ。しかし、それをおくびにも出さない。
「また君をおぶさって、大きな病院へ行きたいと伝えようかと思ってる。どうかな? それなら途中で辛くなっても誤魔化せる」
「……乗せてもらえますかね?」
「大丈夫じゃないかな」
「それなら……」
なぜ、そこまで尽くしてくれるのか。僕には検討もつかなかった。
確かにアムルは施設の人間らしくない。しかし、僕らは所詮、実験体と担当者の関係でしかないのだ。特に何かを施した覚えもないし――不利益な逃亡に乗る理由は、到底描けそうになかった。
「それじゃあ、はい」
アムルは背中を向け、両手を僕へと傾ける。子どもでも相手するかのように、パタパタと手のひらを揺らした。
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