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私はね、どこにでもいる人間だったよ。貧しい方ではあったけど、学校にも行けたし友人もいた。もちろん辛いこともあったけど、幸福の方が多かったな。
幸せな日々の中で、愛しい人にも出会った。万人が辿るように愛を育んで結婚して、可愛い娘にも恵まれた。
でも幸福が続いたのはそこまでだった。
一人娘がね、原因不明の病に冒されたんだ。命を繋ぐには継続的に大金を用意する必要があった。けど、正規の仕事では賄えなくて。
だから、あの施設に入ったんだ。家族と自分の命を担保に、一生服従すると約束してね。
実はあの施設は、職員にも結構厳しくてね。敷地内での生活を強要されたし、外出は許されなかったしで、家族に会うことも叶わなかったんだ。
可笑しなもんだろ。それでも、愛しい娘の命を捨てる勇気は無かった。
そんな選択をしたのに娘は救えなかった。死んでしまったんだ。
無念を突きつけてきたのは、一通の手紙だった。妻からの手紙だ。不要書類の束に紛れていたものを群然見つけたんだ。
内容には娘の訃報と、彼女自身の別れの挨拶だけがあった。私はもう生きてはいけないと。
文末に添えられた日付が、四年前だと気付いた時はショックだったよ。
私が施設で働く理由は――いや、違うな。生きる理由は、知らぬ間になくなっていたんだ。
職場を裏切って、私も死のうと思った。けれど、君がいたから出来なかった。私にとって君が、もう一人の子どもになっていたからだ。君が亡くなった後に、私も追う積もりでいた。
で、今に至るって訳だ。
職員にならなければ良かったと、今も後悔しているよ。ツヅキくんには本当に悪いことをしたとも思ってる。
けどね、一緒に海を見られたら、少しは許される気がするんだ。
*
穏やかな囁きが、溶け消える。余さず溢された本心は、過ごした日々に寄り添った。
十年を、同じように苦悩していたなんて知らなかった。海への到達が、アムルの為でもあるのなら。
「僕も、見たいです……海が見たい」
今までで一番、懇願している。海への思いが、強く深く全身に滲んでゆく。
窓から入室した朝日が、穏やかな笑顔に降り注いでいた。
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