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芯を持った歩みで、賑わいから逃れるようただ歩く。
真っ直ぐに進みながらも、アムルの視線は僕と店を緩やかに行き来していた。見るだけで発見があるのか、時々表情を変化させている。
「あっ」
不意に声が聞こえ、思わずアムルの視線を追う。視界を左へ傾けた先、懐かしい絵が僕を捉えた。
一面に広がる鮮やかな青と、泡のように描かれた少しの白。それは、嘗て大切にしていた本の表紙だった。
「これって確か、ツヅキくんが大切にしてた本だよな」
「……そうです」
実はアムルに本を見せたことはない。孤独な時間を預ける相手として、大事にしていたからだ。
だからこそアムルが表紙を記憶し、更には大切なものだと認知していたのは意外だった。意外で、なぜか少し擽ったくもなった。
「買おうか」
「えっ、それはいいです」
「私が読んでみたい」
反射的な拒否を鮮やかにかわされ、一瞬声を失う。根底の優しさを見ながらも、そう言葉にされては拒否できなかった。
「……それなら」
*
手に収まった本は、新品なのに不思議と体に寄り添った。
幼い頃の苦くも温かな記憶を垣間見る。僕がこの本だけを読めるのは、嘗て聞かせてくれた仲間がいたからだ。
今はもう、どこにもいなくなってしまった仲間が――。
「今日の夜、良かったら読み聞かせてくれないか?」
生きた声に顔を上げる。穏やかに細まる瞳に、小さな寂しさと誇らしさが擽られた。
僕は今、本の中に見ていた“海”を探して歩いている。あの頃は、思いもしなかった場所に立っている。生きて立っている。
改めて奇跡を実感し、同時に恐怖も僕を包んだ。
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