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施設の外には、手の入っていない森があった。こちらの方が、城壁の役目を持っているかのようだ。
緩やかに進む背中を逃さぬよう、必死に追う。
僕らはあっさり二人になった。あまりに順調すぎて怖くなる。この先、選択を悔やむ時が訪れるのではないか。そんな不安に胸が苦しくなる。
いや、違う。これは。
突然息が詰まり、半ば落ちるように屈む。素早く察したアムルは、寄り添い背中を摩ってくれた。
「辛かったのか。ごめんな、焦ってた」
体が震え、汗が噴き出す。呼吸も心臓も速くなり、体が冷えていく。
しかし、症状に対処する薬はない。そんなものは元々存在せず、いつも時間だけが一か八かの薬だった。
「大丈夫か? ほら、ゆっくり息をして」
それはアムルも知っている。何度も目の前で見せつけられているのだ。慣れすらあるだろう。なのにいつも、彼は切なげな声で寄り添った。
背中を温めていた手が、不意に離れる。
「……で、何が見てみたいんだって?」
それから、普段はない問いが投下された。正直、苦痛との戦いで返答の余地などない。
「さっき言ってたよな。見てみたかったって」
しかし、そんな状況で問われたからこそ、答えるべきだと判断した。
「……海、です。海」
施設に唯一持ち込めた、大切な本の中に書いてあった。この瞳と同じ色の、景色が世界にはあるのだと。
広大で、壁も囲いもない海。光を受けると、宝石のように輝く海。空との間には一本の境界線しか持たないと言う海――それらとの対面は、幼い頃からの夢だった。
とは言え、正直実在しているかは半信半疑だ。
「そうか、良いね。行こう」
アムルははっきり言い切ると、僕を抱えあげる。それから、君は軽いなと笑いながら走り出した。
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