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列車
欲塗れの夢を見ていたものだ。海を見たいだなんて。しかも、連れ出してもらえるなんて。
ゆっくり目を開く。だが、そこにあるはずの景色はなかった。あったのは、網膜に染み付いた天井ではなく、アムルの顔だった。
温みのある茶色の背景が、施設ではないと悟らせる。
「ツヅキくん。良かった、目を覚ましてくれて」
アムルが、明るい笑顔を咲かせる。
全身の感覚を手繰り寄せたところ、横たわり膝枕に後頭部を預けていると判明した。器用に帽子は被ったままで。
「体は辛くない?」
配慮を思わせる声量に、僕の方も合わせる。いつも以上に小さな肯定は、アムルの笑顔に安堵を足した。
未だに体は重いが、危機は一時撤退したらしい。僅かな命の継続に、心底安堵する自分を見つけた。発作の後はいつもこうだ。
「起き上がれそう?」
いつもの台詞で、時間の感覚がバランスを崩す。夢と現実が込み合い、茫然としてしまった。
「列車に乗れたよ」
だが、ワードが耳を突いた瞬間、もやだらけの脳が動き出した。察知していなかった体の揺れまで認識し、思わず飛び起きてしまう。
半回転した先、目に飛び込んできたのは人々の顔だった。ひゅうと細い息が鳴る。
再び目の前が白くなりかけた時、アムルの手が肩に触れた。
「ツヅキくん、大丈夫。落ち着こう」
声に呼ばれて横を見る。優しく摩りはじめたアムルは、冷静に微笑んでいた。捉えるのがやっとなほど、小さく囁きだす。
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