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「ここは影だし、誰も気付いていない。ゆっくり冷静に。向かいの窓を見てごらん、綺麗だよ」
欠片すら揺るがない態度に、不思議と動揺が鎮静して行く。
薦め通り向かいを見ると、流れる景色が目に映った。花畑や、疎らに建つ藁の家、命溢れる山や透き通る空。穏やかで、けれど知らない風景がある。
どこまでも続きそうな広大さに、馬鹿正直な胸が躍った。
急に冷静になり、時差で周りも見渡してみる。よく見れば人は疎らで、僕たちを捉える目はもうなかった。
アムルの言う通り、僕の後ろには窓枠もある。構造上、ちょうど陽の入らない席に僕を乗せてくれたらしい。
大人しくしていれば、列車に危険はない――ここで、やっと判断が出来た。
「アムルさん、ありがとうございます。僕を連れて乗るの大変だったでしょう?」
席に深く腰掛け、整え直した帽子越しに景色を見る。
施設の外にいた時代もあった。けれど、こんなに真っ直ぐ眺める機会はなかった。
「そうでもないよ。大丈夫かって声はかけられたけどね。今から病院に連れていくと言っておいた」
「そうでしたか……」
列車が揺れを深くする。緩まってゆく景色の流れが、駅への到着を悟らせた。
僕を嫌う世界への突入に、正直な体は拒否を訴える。心臓が、脈を深めだした。
このままではまた、アムルに迷惑をかけてしまう――。
「お、終点かな? 降りようか、ツヅキくん」
懸念など一切持たない笑顔が、逆光の中で光った。一人ではない――その事実が、冷静さを鼓動に与える。
そうだ。後にも先も、どうせ道なんてないのだ。ただ、先の方が少し長いと言うだけで。
ならば、彼が導いてくれるがままに。
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