真実

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真実

 機内で僕は父の姿が目に浮かんだ、記憶をたどると、幼い頃は絵本を読んでくれたり、肩馬をしてくれていたり、とても優しかった。しかし、いつの頃からか、父はいつも寂しげな表情で酒を飲んでいた。暴言を吐くわけでもなく、静かに飲んでいたのだ。時々、僕が話しかけると優しい表情に変わったような気がする。今更ながら遅いが、もう少し孝行してあげてもよかったと思った。小学校の運動会では父が一生懸命に走ってくれた。でも、僕は寂しかった。周囲の同級生は母親がいるのに、いつも、僕と父と二人きりだったからだ。父もきっと寂しかったに違いない。悲しみが次第にわいてきたのか、僕は自然と頬を伝わるものがあった。後悔しても遅い。そう思いながら東京へ到着した。  初めてみる東京の空気は味気なかった。当然ながら潮の香りはしない。満員電車に乗り、家政婦から教えてもらった父の勤務していた病院へと向かった。  父の勤務していた病院は巨大なビルといったような総合病院であった。事前に手紙を書いていたので、受付を通し当時において、同僚であった斎藤氏が面会をしてくれた。柔和な雰囲気を醸し出していたが、僕に当時のことを振り返って話し出すと、一変して表情が変わった。そして、重々しく語り始めた。 「彼はね、あ、彼とは君のお父さんの幸樹君だよ。悩んで僕に打ち明けたよ。たまたま、僕は産婦人科の専門だったからね。僕は正直、恵子さんの出産に反対していた。リスクが大きかったんだ。でも、彼女の嬉しそうな顔を見ていると簡単に反対をして、中絶の説得をすることが出来なかったんだ。そして、問題が発生したんだ。恵子さんの精神状態が極めて不安定になってね。妊娠すると稀にあることなんだが、彼女は特に酷かったよ。そして出産後も、ただでさえ、精神状態が一時期悪化することが多い。僕は当然、あいつに出産を反対したよ。彼も同じ気持ちだった。そして、彼は中絶するように説得したんだ。しかし、恵子さんは中絶する意思はなかった。なかったというより、判断できる精神状態じゃなかった。中絶というのはね、母親の承諾がないとできないんだよ。考えてごらん。確かにまだ人間にはなっていないかもしれないけど、一つ、いや、二つの生まれてくるべき子供を殺してしまうことと同然なんだよ。彼はとても悩んでいた。当然のことだ。恵子さんの両親は当然ながら反対した。出産は帝王切開にて無事成功した。しかし、恵子さんの精神状態はさらに悪化した。そして、病院のビルから目を離した隙に飛び降りたんだ。悲惨な結末だった。僕は彼に言葉をかけることすらできなかった。そして、彼は悩み抜いて病院から去った。それ以降は連絡が途絶えたんだ」  そして、斎藤氏はため息をつき、僕は事実を知り呆然となった。
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