忘却

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忘却

 何かを見出すこともなく、失意のまま、僕は島に帰った。なぜか、僕の心の中には妹の姿が残った。母親に似ているからかもしれないが、少し違う感情のようで、僕は戸惑いを感じた。  僕も会社に復帰した。会社は小さく事務作業であった。また、家から近く、自動車の免許を持っていないため、バスで通う事とした。時間にして5分という距離だ。バスの中の窓を開けると潮風の香りと緑と青の混じりあった美しい海が見える。それが、僕の楽しみの一つだ。すると、バスの中にひとりの女性が乗ってきた。それはまぎれもなく妹であった。僕は事情を尋ねると、父の住んでいた町を一目見たかったからだそうだ。そして、線香をあげたいからだと言う。仕事に向かう途中だったので、妹には島の名所を地図で案内してあげて、帰社のタイミングを見計らい、共に自宅へ向かうこととした。僕は仕事を上司に相談して早々終わらせて、待合の場所へ向かった。僕の家で線香をあげると僅かながら笑みを浮かべていたのが印象的であった。妹なりに気持ちが整理がついたのだろう。僕が自室へ仕事の用をすませて、部屋へ戻ると親し気に家政婦と談笑していた。僕は妹がさぞかし、悲しみを抱えているだろうと思っていたので、一安心した。  妹は僕を海に誘った。僕が父が海が好きだったことを告げたからだ。彼女は何事もなかったかのように、美しい海に感嘆し、海の中に入っていった。僕はいまだに心の整理がつかない。あれだけ父を軽蔑しておきながら、突然悲しみが舞い降りてきたようで、彼女と同様に素直に喜べなかった。しかし、彼女の輝くような姿に魅入られていた。彼女は膝がつくくらいまで、海の中に入っていった。僕はその様子をしばらく眺めては、自分の割り切れない思いが複雑に交錯していた。どうして、彼女みたいな気持ちになれないのだろうか? 父はもう亡くなって気持ちを切り替えないといけないのに、僕は何故か出来なかった。  僕には海が泣いているようにしか見えなかった。それなのに、どうして、彼女は子供のように振舞うことができるのだろうか? 「グサ」という鋭利な刃物で刺されたような音が僕の胸に響いた。  どうして、妹が美しく輝いて見えるのだろうか? 父の死に戸惑う僕の心と裏腹になんともいえない安らぎを感じるのは何故だろうか? 僕達はまぎれもなく、父、幸樹の子供。何故?  妹に、どうして、そこまで、はしゃぐことが出来るのかを聞いてみた。どうやら、祖父の話を聞いたようで、父と母はこの島に行くのが夢であったようだ。それを妹が叶えてあげたいということだった。両親の想いがそうさせたのだろう。二人はきっとそうしたかったに違いない。僕はそう思った。しかし何故か違和感が残ったのは何故だろうか?
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