忘却

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 血の繋がりとは何だろう? 僕は妹が愛おしく感じた。それは妹であるという感情と異なっていた。いくら今まで遠く離れていたとしても、このような気持ちになれるはずがないのに何故? 彼女は海から帰るときには僕のことを「お兄ちゃん」と呼んでいた。それについても違和感を感じた。   生まれてから今まで、正美さんに、淡い憧れを抱いたことがあるが、恋愛感情とは異なるような気がする。もしかしたら、これが、そうなのかもしれない。でも、兄妹じゃないか? そんなはずがない。あってはならないことだ。そう思っていたところ、彼女が僕の手を握ってきた。僕は彼女の手をしっかりと握ったのだ。目を彼女に向けると風が一瞬吹いて、髪が流れて透き通るような、うなじを見て僕の胸は張り裂けんばりだった。どうして、僕はそういう感情を持つのだろうか? 彼女が美しいから、それとも血の繋がりが何かしらの影響を与えているから? 妹はぼくのことをどう思っているのだろう? それが気になって仕方がなかった。遠くから聞こえる波の音がざわつくように、僕の心もざわついていた。ざわめきは留まることを知らないようであり、もしかしたら、父も母に対してこのような感情を抱いたのかもしれない。僕は父の子だから、母に瓜二つの妹に対してそう思ったのだろうか?  僕達は家に帰り着き、家政婦と食事をしていると、家政婦は突然、遠い記憶をたどるように、僕達に話しかけてきた。 「実は、お父様とお母さまのことでお話したいことがあるのです。今でも目を閉じるとあの時のお二人の会話が焼きつくように思い出します」 「幸樹さん、幸樹さん、驚かないでね。実は……」 「ああ、わかっているよ。俺たちの子供が出来たんだろう」 「どうして、わかったのですか?」 「これでも医師だからね」 「でも、幸樹さん、もっとびっくりしますよ」 「それは何かな?」 「なんと、双子なのです」 「それは…… どうかな?」 「どうしてですか?」 「だって、恵子は体が生まれつき弱いだろう。ただでさえ、出産は大変なんだぞ」 「いえ、大丈夫です。幸樹さんの子供を産みたいです。どうかお願いします」 「わかったよ……」 「そして、お母さまの喜びようと言ったら……今でも思い出します」 「幸樹さん、幸樹さん」 「どうしたんだ、俺の名前を呼ぶのは一回でいいぞ」 「ほら、赤ちゃんがお腹を蹴っているのです。触ってください」 「本当だね。僕も恵子の出産に全力を尽くすよ」 「お二人の会話は微笑ましかったです。でも……」 「家政婦さん、それ以上言わなくても……」 「そうですね。その後の話は聞かれたのですね」 「はい」 「ご主人様は必死に健作さんを育てようと慣れない会社で頑張っていました」 「どうして、酒に溺れたのですか……?」 「それは……」 「お兄ちゃん、わかるような気がする」 「どうして?」 「だって、辛かったからでしょ」 「それなら、最初から酒に溺れているはずだよ」 「それも、そうね……」 「ご主人様は、健作さんと香澄さんのことを、いつも私にはなしてくれたのです」 「そうでしたか……」 「でも、本当に辛そうでした……」  僕は思った。僕達が生きて生まれたために、母親は亡くなってしまった。 「ご主人様が酒に溺れてしまったのは、何もかも忘れてしまいたいと思ったからかもしれません……」 「そうよ、きっとお兄ちゃん」 「そうだね……」 僕はそう言いつつも割り切れない思いでいっぱいだった。 生とは死とは? 僕にはその意味がわからなかった。
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