父の死

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父の死

「グサ」という鋭利な刃物で刺されたような音が僕の胸に響いた。しかし、それはどうやら夢であった。何とも言えない不思議な気持ちに襲われた。青と白のコントラストが美しい、雪を知らない潮風の香りが漂う小さな沖縄の津堅島(つけんじま)に、僕と酒浸りの父、家政婦の三人暮らしだ。母は既に他界していると聞いた。高校を卒業し小さな印刷会社に就職したばかりの僕と無収入の父であるが、生活には何故か不自由していない。  父は白髪で腰も曲がっており、やせ細っている。そのうえ酒浸りで朝から飲む始末だ。毎朝のように家政婦の子供を窘めるような声が響く。しかし、今日は異なっていた。それは家政婦の叫ぶような声が家の中に響き渡った。父の自室に慌ててかけつけると、父は左手に酒の入ったコップを持ち、右手にはペンダントを握りしめ、テーブルにもたれ意識がなかった。何故かペンダントの近くには、白い一輪の百合の花が何かを訴えかけるように置いてあった。家政婦は取り乱していたが、僕は哀れみの感情すらなかった。それほど、酒に溺れた父を軽蔑していた。  僕はすぐさま救急車を呼び寄せたものの、病院に着く前に死亡が確認された。死因は特に外傷もなく遺書もなかったため、急性アルコール中毒が原因だと言われた。しかし、果たしてそうだったのだろうか? 僕は疑問が残った。僕が就職が決まった時の笑顔がいつになく優しかったからだ。確かにそれは直接の理由にはなりえず、直感的なものであるが、ただの病死とは思えなかったからだ。  小さな葬儀も終わり、遺品整理のため部屋を片付けていた。部屋は父のイメージと異なり、清潔感が漂い上手く整理されていたが、一枚の写真と手紙の切れ端のようなメモ用紙が見つかった。若い頃の両親ではないかと思われるものであった。なぜか写真のガラスケースは割れていた。メモ用紙には次のように書かれていた。 愛している。愛している。それなのに君は何故だ何故だ。 百合の香りが俺の体に染みついている。  メモ用紙はなぜか破り捨てられ一部は部屋にはなかった。何か違和感を感じたのは気のせいだろうか? 僕は家政婦に心当たりがないか尋ねてみた。色白でふくよかな体系の家政婦は、父の若い頃の話を話し出した。若い頃はカリスマ的な医師であり、甘いルックスと社交性の良さからテレビにも出演しており人気も高かったらしい。家政婦は若い頃は父の病院の婦長をしていたとのことだ。しかし、なぜ、この島に家政婦としてきたのか僕には不自然な気持ちが残った。
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