届けたいひたむきさ届かない情熱

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 日本料理の料亭に待ち合わせ時間より前に行くと、なんと三毛田組長は先に来ていた。 「葉山の坊っちゃん、ちょっと野暮用がこの後あるんで手短に話をしますよ」 三毛田組長が手をパンパンと叩くと奥の間の襖が開き、富士額に日本髪が美しい芸者がぎこちなく日本舞踊を舞っていた。薄紫の地に白い牡丹の着物。白粉をはたいていたも美波だとわかった。地方の三味線に合わせてついていくのが精一杯でもその踊りは続いていた。 「坊っちゃんのお母さまから横槍が入りましてね、坊っちゃんを組の舎弟にするなら金輪際山猫組とは縁を切る、金も切ると血相を変えて怒ってまして、怖い怖い。川久保に預けたままだと美波は芸なし、教養なしに育つ。私が責任を持って芸と教養を身につけさせながら育てることにしました」 僕はやってはいけないことだと知りながらも、組長の三毛田を睨みつける。 「誰に向かってガン飛ばしてんだ、このガキは!?葉山家だろうが容赦しねえぞ」 三毛田は箱膳をひっくり返して僕に殴りかかってきた。殴ろうと伸ばした右腕を座ったまま背負い投げに持ち込もうと掴む。三毛田の左手には僕の腹を目掛けて拳銃が構えられていた。 「撃ちたきゃ撃て、殺したきゃ殺せ。何があっても抗うと僕は決めた」 強引に座ったまま一本背負いで三毛田を投げ飛ばす。三毛田の指がトリガーを引く。 乾いた破裂音が三味線の音より高い上の音階で花火のように鳴り響く。ここまでか、三毛田は利き手と逆の手でも拳銃を器用に操る。 銃口から発射されたのはただの金銀の紙吹雪だった。嵌められた、組長の演技だとは気づかなかった。 「おい、美波、こいつ本気だそ。向いてない芸者より映像だか芸術だか知らんが、学費が馬鹿高い大学に行って人生やり直したらどうだ。金の話はついてる、あとはお前次第だ」 地方の三味線がぷつりと途切れる。美波は慣れない日本舞踊を止めて正座して深く礼をする。 「組長ありがとうございます。葉山先生のお世話になることに決めました」 届かない気持ちが届いた瞬間だった。三毛田は天井に向かってもう一度発砲する。今度はご丁寧にハートに切り抜かれたピンク色の紙吹雪が舞っていた。 「実銃にこんな弾を入れてるんですか。ありがとうございます組長」 僕が三毛田組長に呆れ気味に言うと、 「坊っちゃんは銃が偽物だと気づくから、手先が器用な奴に弾だけ作らせました。実銃で綺麗に紙吹雪が舞う偽物の弾を作るのはなかなか大変ですが、喜んでいただけたようで」 「本当にありがとうございます、組長。美波を今まで守ってくださって」 「え?バレてたの?私が川久保の女じゃなくて組長の女だって?」 美波はぽかんと紅を引いた唇を開く。 「馬鹿!なんで引っ掛かるんだ、黙っとけ」 三毛田組長が慌てふためく。 「別にいいんです。若頭の川久保が札束を積み上げて美波を好きにしようとしたという話が、安いドラマみたいで嘘臭い。だから最後に確認してみただけです。美波がこれから真面目に生きてくれるならどうでもいい小さなこと」 「美波、もうこっちの世界に帰ってくるなよ」 組長は料亭の部屋を出て去って行った。その背中は少しだけ寂しそうだった。金儲けは上手くいっても秘蔵っ子の美波を手離すからか。 「葉山先生、よろしくお願いします」 「先生はいらない。もうあの戦争は終わった」 「葉山さん?」 「それでいい。今をこれからを生きて欲しい」 「はい、葉山さん」 芸者姿のまま美波が抱きついてくる。今、自分の男の感情に素直になればまた美波は傷つくだろう。男なんてみな同じだと。だからしっかりと抱き締めてから彼女に囁いた。 「君が大学を卒業したら付き合おう」 「私を幾つだと思ってるの?もうとっくに…」 「年齢の問題じゃない。君を一人前の社会人に育ててから交際を申し込みたい」 「やっぱり昔から変わってない、葉山さんより葉山先生だね」 彼女が嬉しそうに僕の胸に頬を埋める。 十年以上届けたくて届けられなかった想いが、やっとやっと今届いた。 (了)
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