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6、傘の下で
亜矢は23歳の若さなのに疲れた中年女みたいだった。
さちは、人生の入り口で、およそ人として扱われなかった女の末路を見た気がした。
武藤亜矢は、自分を尊いものだと思うことができなかった。高校は中退。売春行為を繰り返して18からは夜職。男に期待しては裏切られ、精神はバラバラになった。にっちもさっちも行かなくなって、障害基礎年金の受給の相談にさちが勤める社保事務所を訪れた。1年前だ。
武藤亜矢の精神科初診は16歳。辛うじて障害基礎年金は出ることになった。
亜矢は、最後まで太田という社労士が中学の同級生だとは気が付かなかった。亜矢の件は、さちにとって初めて自分が主になって担当した案件だった。
さちは、一歩間違っていたら自分が亜矢になっていたと思った。
あの時、雨が降り続ける中、傘を差したまま立ち尽くしていた。一歩も動けなかったのはなぜだったのか今もわからない。一つだけ言えるのは、持っていた傘は雨から確実にさちを守っていた。剛史が仲間と共に去っていくまでの1時間。不思議なことに佳代子と歩き出したら、雨が止み始めたのだ。
雨上がりの道を佳代子に説教された。
「あいつらクズだ。あんなのと関わり合いになったら友達やめるから」
佳代子の言う通りだ。雨の日に決めていいことは何もない。
私は雨が上がるのを待っていただけだ。
雨降りの日は、前がよく見えなくなる。大事なことは、晴れた日にゆっくり決めた方がいい。
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