春の間にて

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「暁さん、起き上がる必要はないわ。一番楽な姿勢をして。無理しちゃダメよ。」暁を支えながら由美子さんが優しく言う。 「お、俺に……何があったんだ? 頭痛がひどいんだが……」 「暁は誰かに睡眠薬を嗅がされたんだ。由美子さんのおかげで、なんとかなったがな」夏央は心配そうな目で暁を見る。 「さあ、被害者が起きたんだ、さっさと犯人を言え」 「釣部さん、あんまり感心できる発言ではないわね」冬美さんが異をとなえる。 「でも、気にならないと言えば嘘になるわ。どう、話せそう?」冬美さんは暁の顔を覗き込みながら聞く。 「なんとか。で、何を話せばいいんでしょうか……?」暁の声にはいつもの覇気がない。 「『春の間』で暁殿の身に何があったのか、じゃ」 「俺は……この部屋の水墨画が気になって、ふと入ったんだ。それからのことは、はっきり覚えていない。でも、後ろから誰かに羽交い絞めにされたような気がする」  暁の回答はかなりぼんやりとしたものだった。 「それみたことか! 結局、肝心な犯人を知らないときた。悪いがオレは自分の部屋に帰らせてもらう」秋吉さんは足早に去っていった。 「でも、こういう時って、団体行動のほうが安全じゃなくて? 単独行動は犯人に襲われるリスクが高いわ。ほら、映画とかでよくあるじゃない。単独行動した人から被害にあうって」  僕も冬美さんと同意見だった。 「冬美さんの言うとおりじゃ。今後は固まって行動すべきじゃろう。異議はあるかの?」 「待ってくれ。団体行動するなら、知り合いと一緒の方が安全だ。俺は由美子と一緒に行動する」  さすがにこの緊張した状況に疲弊したのか、由美子さんは草次さんの腕を掴んで震えている。 「草次の意見に賛成だな。だろ?」 「うん、そうだと思う」  夏央の問いかけに僕は答える。 「その方が安心じゃろうて。しかし、身内に犯人がいないとも限らぬ。くれぐれも、そのことを肝に銘じておくのじゃ」喜八郎さんが釘をさす。  その後、みんなが部屋から出て行き、春の間に残ったのは、僕に夏央、暁に喜八郎さん、そして執事の荒木さんのみになった。 「さて、何から始めるべきかの。荒木殿、館には救護室のようなものはあるかの? 暁殿をゆっくり休養させねばならん」 「ございます。ただ、最低限の設備ですので、もし仮に今回みたいな事件が起きれば――起こらないことを願いますが――白羽様が治療をするのに使えるのかは、自信がございません」荒木さんは額の汗をハンカチで拭う。 「ありがとう。では、暁殿が回復次第、そちらへ運ぼう」 「なあ、爺さん。これって立派な刑事事件だろ? 警察が来るまで、可能な限り現場を保存すべきじゃないか?」夏央が提案する。 「なるほど。そのとおりじゃ。さすが法学部生じゃ。部屋の鍵を閉める前に、念のため重要な証拠は写真でも保存すべきじゃ。諫早殿、頼めるかの?」 「ええ、もちろん。でも、重要な証拠ってそこに転がっている瓶だけですが……」  僕は睡眠薬の入った瓶を指す。 「そうとも言えまい。例えば、そこに落ちておる辞書じゃ。これが事件に関係があるのか、まださっぱり分らんが、念には念をじゃ」  僕は喜八郎さんの指示のもと、瓶や辞書の他にも窓際、扉の内側等をスマホで撮影した。 「ここまですれば、十分じゃろうて。後は暁殿が回復次第、救護室へ運び、この部屋を閉鎖して終わりじゃな」
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