恐怖の一夜

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 僕は今日は寝ないことにしていた。もし、犯人が襲ってきても反撃ができるようにだ。だが、どれだけ抵抗できるかは自信がない。犯人は暁を赤子の手をひねるように襲っている。きっと力持ちに違いない。僕にできることと言えば、犯人が家具のバリケードを崩しているときに助けを呼ぶことくらいだろう。助けを呼んだところで、みんながすぐに駆け付けることはできない。みんなも扉の前にバリケードを築いており、それをどける時間が必要だからだ。  無駄な抵抗かもしれない。でも、夏央を殺した犯人には一矢報いたい。僕は電動シェーバーのふたをはずす。刃がキラリと光る。喜八郎さんの剃刀は没収されたが、幸いにも僕の手元にはこれがある。相打ちにはできなくても、傷を負わせることくらいは可能だろう。  僕は寝ないように部屋の中を歩くことにした。こうすれば寝ることはあるまい。歩き回っているうちに、先ほどの広間での出来事を思い出す。「夏歌う者は冬泣く」。あのカードはテーブルの下にあった。つまり誰にでも仕込むことができる。あえて可能性が高い人を挙げるのならば、薫さんだろう。薫さんならカードが床に落ちていたふりをして、自然とみんなに見せることが出来る。もし、誰も見つけなかったら、犯人が指摘したに違いない。  カードに書かれていたことわざの中身はどうだろうか。ことわざどおりに殺すなら、犯人は冬美さんを寒さか餓死で殺すつもりだ。餓死は難しい。非現実的だ。では、寒さで殺すには? 今は夏だ。凍死はありえない。  ふと、あることに気がつく。唯一夏でも寒さで殺すことができる方法がある。それは「冷凍庫に入れて殺す」だ。しかし、この場合は現場はキッチンになる。いくら「冬の間」が開放されていたとしても、さすがに現場に冷凍庫を移動させることはできない。そうなると犯人は季節の間で殺すことは最初から考えていなかったことになる。  そこまで考えて気づいた。犯人はもとから冬美さんを殺すつもりがなかったとしたら、どうだろうか。今回の一件は僕たちを分断させるための犯人の細工かもしれない。そうであれば、僕たちはまんまと犯人の罠に引っかかったことになる。犯行をするしないにかかわらず、犯人の意図したとおり僕たちは恐怖のどん底に落とされたのだ。  さすがに歩き続けるのはしんどい。一度落ち着こう。椅子にでも座って。そう落ち着いて――。
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