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桟橋には、黒いタキシードを着た男性が立っている。きっと、案内人だろう。
船が桟橋に横づけられると、僕らは順番に降りる。
僕の後は、大島喜八郎さんだった。
「荷物を運ぶの、手伝いましょうか?」
大島さんは杖をついている。もう片方の手で荷物を持つのはしんどいし、危険だ。桟橋と船との間には、少し狭間がある。
「おお、助かるわい。そう言えば、お主の名を聞いておらんかったな」大島さんがおそるおそる桟橋に移りながら言う。
「僕は諫早周平っていいます」
「ほう、いい名じゃ。それに気が利くときている。諫早殿の御両親はさぞかし、素晴らしい人なのじゃろう」
これで二度目だ。酒井さんにも同じことを言われた。酒井さんの言うとおり、空気が読めるのも案外長所にもなりえるのかもしれない。
そんなことをぼーっと考えていると、桟橋の淵に躓き、つんのめる。まずい、両手が荷物でふさがっている。このままでは海に落ちる!
覚悟を決めた次の瞬間、僕は海に落ちる寸前で止まった。海面が目と鼻の先だ。
「おいおい。人助けはいいけどさ、その当人が助けられるんじゃ世話ないぜ」
夏央が僕の服を掴みながら言った。どうやら夏央のおかげで間一髪、危機を脱したようだ。
「た、助かったよ」
「まったく、こっちの身にもなってみろって」
夏央が僕をぐいっと桟橋に引き寄せる。
「俺も手伝うぜ。夏央一人じゃ大変だろ?」
暁はそう言って、夏央に手を貸して僕を引き上げるのを手伝う。
「よっと。まったく世話が焼けるぜ。着いて早々、ずぶ濡れにならなくて良かったな!」暁は僕の肩を叩く。
「いやー、ごめん、ごめん」
「さ、早く行こうぜ。向こうのグループはもう桟橋を渡り切ってるぜ」暁が顎で指す。
桟橋を渡りきると先ほどのタキシードの男性が待っていた。
「ようこそ、いらっしゃいました。執事の荒木敬二と申します。お見知りおきを」
荒木さんは大島さんや酒井さんと、そう年齢は違わないだろう。初老のように見える。黒いタキシードもあいまって、シュッとしてみえる。
「おい、荒木さんよー。俺が迎えに来るのはしあさっての夕方で間違いないよな?」船長が船室から顔だけ出して尋ねる。
「さようでございます」
「了解だ。お前ら、バカンスを満喫しろよー」
「ありがとう!」手を振りながら僕は叫んだ。しばらくすると、漁船は見えなくなった。
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