上陸

3/3
前へ
/138ページ
次へ
 桟橋には、黒いタキシードを着た男性が立っている。きっと、案内人だろう。  船が桟橋に横づけられると、僕らは順番に降りる。  僕の後は、大島喜八郎さんだった。 「荷物を運ぶの、手伝いましょうか?」  大島さんは杖をついている。もう片方の手で荷物を持つのはしんどいし、危険だ。桟橋と船との間には、少し狭間がある。 「おお、助かるわい。そう言えば、お主の名を聞いておらんかったな」大島さんがおそるおそる桟橋に移りながら言う。 「僕は諫早周平っていいます」 「ほう、いい名じゃ。それに気が利くときている。諫早殿の御両親はさぞかし、素晴らしい人なのじゃろう」  これで二度目だ。酒井さんにも同じことを言われた。酒井さんの言うとおり、空気が読めるのも案外長所にもなりえるのかもしれない。  そんなことをぼーっと考えていると、桟橋の淵に躓き、つんのめる。まずい、両手が荷物でふさがっている。このままでは海に落ちる!  覚悟を決めた次の瞬間、僕は海に落ちる寸前で止まった。海面が目と鼻の先だ。 「おいおい。人助けはいいけどさ、その当人が助けられるんじゃ世話ないぜ」  夏央が僕の服を掴みながら言った。どうやら夏央のおかげで間一髪、危機を脱したようだ。 「た、助かったよ」 「まったく、こっちの身にもなってみろって」  夏央が僕をぐいっと桟橋に引き寄せる。 「俺も手伝うぜ。夏央一人じゃ大変だろ?」  暁はそう言って、夏央に手を貸して僕を引き上げるのを手伝う。 「よっと。まったく世話が焼けるぜ。着いて早々、ずぶ濡れにならなくて良かったな!」暁は僕の肩を叩く。 「いやー、ごめん、ごめん」 「さ、早く行こうぜ。向こうのグループはもう桟橋を渡り切ってるぜ」暁が顎で指す。  桟橋を渡りきると先ほどのタキシードの男性が待っていた。 「ようこそ、いらっしゃいました。執事の荒木敬二(あらきけいじ)と申します。お見知りおきを」  荒木さんは大島さんや酒井さんと、そう年齢は違わないだろう。初老のように見える。黒いタキシードもあいまって、シュッとしてみえる。 「おい、荒木さんよー。俺が迎えに来るのはしあさっての夕方で間違いないよな?」船長が船室から顔だけ出して尋ねる。 「さようでございます」 「了解だ。お前ら、バカンスを満喫しろよー」 「ありがとう!」手を振りながら僕は叫んだ。しばらくすると、漁船は見えなくなった。
/138ページ

最初のコメントを投稿しよう!

70人が本棚に入れています
本棚に追加