容疑者 諫早周平

4/5
前へ
/138ページ
次へ
 沈黙が続く。もしかしてこの事件は喜八郎さんにも解けないのだろうか。 「一つ質問じゃが、恋人の名前に『海』という字は入っておるかの?」 「いいえ。それがどうかしましたか」と僕。 「『mer』はフランス語で『海』という意味じゃ。犯人に分らぬように、フランス語で書いたと考えたのじゃが。ふむ、この線は考える必要はなさそうじゃ」 「それみたことか。散々考えた挙句、出てきた考えはそれだけか?」  あきらかにこの刑事は喜八郎さんを小馬鹿にしている。事情聴取の時といい腹が立つしゃべり方だ。 「むむ、この血文字『r』の字が変わった形をしておるのう」  血文字は筆記体で書かれており、「r」の字の終わりで被害者の指は止まっているのだが、変に上へ伸びている。 「この血文字、『r』の続きを書こうとしたのではなかろうか。先ほど、第一発見者は母君だと言ったの。第一発見者を疑うのが鉄則じゃ。そして『mer』の続きに『e』を足すと違う意味になるのじゃ。『母』じゃよ」  その場に衝撃が走った。 「なるほど、さすがです!」 「だがねぇ、母親が犯人だとして凶器はどこへ消えたんだ? 証拠がなけりゃ、たとえ母親が犯人でも連行できんのだが」  冷たく刑事が言う。確かにそうだ。その問題が残っている。 「あの螺旋階段を見てみたいのう。何か新たな発見があるやもしれん」 「先に言っておくが、あの螺旋階段を使った形跡はない。今日は雨だ。もし、螺旋階段を降りて凶器を捨てにいけば、濡れた足跡があるはずだ」
/138ページ

最初のコメントを投稿しよう!

64人が本棚に入れています
本棚に追加