冬の間

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冬の間

 いよいよ「冬の間」だ。最後の間には、どんな景色が広がっているのだろうか。「秋の間」と一緒でド直球なのか気になる。 「こちらが最後の『冬の間』でございます」  部屋に広がっていたのは――冠雪した富士山だった。美しい、それが第一印象だった。富士山は日本人の心に訴えかける何かがある。それが一面に広がっていると、壮観だった。山頂の雪も主張が強くなく、全体として調和がとれている。 「風情があるじゃないか」 「そ、そうですね……お父さん」釣部さんの言葉に秋原天馬さんが続く。 「お前、何回言ったら分かるんだ! 俺をそう呼ぶな!」  釣部秋吉さんが手を挙げて、今にも拳を振り下ろしそうだ! 「あなた、そこまでよ。天馬さんも立派な私たちの子供じゃない」薫さんが止める。  秋吉さんは握った拳の行き先を失う。 「まあ、その人の言うとおりだぜ。自分の子供を殴るのはいただけないな」  夏央がステップを踏みながら言う。夏央の奴、秋吉さんが天馬さんを殴ったら、陸上で鍛えた自慢の脚力で秋吉さんを蹴るつもりだ!  夏央の脅しが利いたのか、秋吉さんはおとなしくなった。 「……今回は許してやる。次はないと思え」ボソッと言った。 「賢明な判断じゃ。『己の欲せざる所は人に施すこと勿れ』じゃよ」 「これで春夏秋冬を一周したのね」由美子さんが言う。 「まあ、悪くなかったな相棒?」 「おうよ。お前もそう思うだろ、周平?」と暁が僕に同意を求める。  僕はうなずく。四つの間の絵はそれぞれ別の人物が描いたに違いないが、個性がありつつも、全部を通しての協調さがあった。 「さて皆様、お楽しみいただけましたでしょうか? 夕食まで、まだ時間がございます。夕食はこちらの広間で召し上がっていただきます」  荒木さんが長机を指す。そこには燭台が並べられており、天井からはシャンデリアが吊るされている。豪華絢爛だった。 「それまでは、春夏秋冬の間や他の部屋で過ごしてもらっても構いません。この広間の上には、個室がございます。各自、ご自由にお選びください。階段はあちらにございます」荒木さんが続ける。 「また、小さいながらも書庫もございます。ご自由にご利用ください。私はこれにて失礼いたします」  荒木さんは一礼すると広間から去っていった。
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