発端

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「そろそろ、卒論に手をつけなきゃまずいかなぁ」  僕はため息をつきながら本の山に目をやる。『ポケット六法』『刑法各論』『刑法判例百選』。分厚い本の数々。法学部なんて入るんじゃなかった。  読者好きな僕は文学部に入るべきだった。将来的に小説家を目指しているのだから。なぜ、法学部を選んだのか、過去の自分に問いただしたい。 「当たり前だろ、教授も言っていたじゃんか。『卒論の作成には余裕を持つように』って」  隣で教授の物まねをしながら夏央(なつお)が言う。僕は思わず吹き出した。 「そう言われても説得力ないなぁ。夏央だって、まだ手をつけてないんだろ?」 「さて、それはどうかな?」と言いながらにやにやしている。  これは卒論のテーマが決まっているかさえ怪しいぞ。 「せっかくの夏休みだから論文なんて忘れて、どこかへ遊びに行こうぜ」と夏央。 「それには賛成だけど旅行費が足りないんじゃ、どうしようもないよ……」  お金を貯めて旅行に行こう、そう言いだした当人の姿はまだない。僕たちはアルバイトで稼いだはいいものの、旅行へ行くのが夏休みだということを失念していた。夏休みとなれば、家族連れで新幹線や飛行機はいっぱいだ。当然、鉄道会社らはここぞとばかりに値上げをする。ダブルパンチにより、僕らの計画はふいになった。  そんなことを思い出していると、部屋の扉が勢いよく開いた。旅行を提案した暁、その人が、にやにやしながらこっちに向かってきた。
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