とある仮説

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とある仮説

 気づいたら朝になっていた。窓から太陽が差し込む。備え付けのカーテンが閉まっていない。ふと、起き上がると、膝に置いてあった本が落ちる。いつの間にか寝落ちしていたらしい。昨夜の記憶がぼんやりとしている。  すぐに落ちた本を拾う。『初心者のタロット占い』だった。だんだん思い出してきた。昨日は事件のせいで気分が落ちつかなかったから、読書をしてリラックスしていたんだった。  もう三日目となった。明日の夕方には漁船が迎えに来る。  寝ぼけた頭で考える。事件はもう起きないのだろうか? 問題は犯人の動機にかかっている。  あとは三件目がもし仮に――起きて欲しくないけれど――起きたとしたら、きっと事件現場には凶器が放置され、辞書が置いてあるに違いない。辞書の共通点が分かりそうで分からないのも気になる。  そこで、ふと気づいた。二日目の朝に書庫に行ったとき、辞書が一冊消えていた。もし、犯人がそれを現場に置いていくのに使ったとしたら? もしかしたら、辞書がもう一冊消えているのではないか? そうすれば、「春の間」、「夏の間」に置いてあった辞書の説明がつく。そして、辞書の数がさらに減っていたら、つまり三冊目が消えていたら、それは犯人が三件目の事件を起こすつもりだということになる。  僕は早くこの仮説を確認しに書庫に行きたかった。でも、今は行けない。なぜならば、「春の間」の現場写真を持っているのが僕だけなので、犯人がいつ襲ってくるか分からない。そこで、今朝は暁と草次さんが僕を迎えに部屋に来ることになっている。護衛である。さすがに、三人一緒ならば犯人も襲ってくるはずがないと踏んだ。  僕はじれったい思いをしながら二人を待つ。ただ待つのも時間がもったいないので、さらに事件について考える。辞書も気になるが、タロット占いの件も気になる。今のところ、占ってもらって事件に巻き込まれていないのは、僕に草次さんと天馬さんだ。草次さんの未来は「星」で、天馬さんは「吊らるされた男」だ。手元の『初心者のタロット占い』のページをめくる。  「星」は希望に満ちあふれる意味しか載っていない。対して「吊るされた男」は微妙だ。感情を開放するという意味以外にも、自己犠牲という意味も載っていた。  それに犯人がタロット占いを利用して、恐怖心を煽っているのなら、単純に図柄どおり吊るすということも考えられる。この場合、天馬さんにも三人一組で行動してもらうべきだ。ノックの音が聞こえた。 「おい、周平起きてるか?」 「うん。今鍵を開けるよ」  扉を開けると暁と草次さんが迎えに来ていた。 「ねえ、広間に朝食をとりに行く前に、書庫に寄りたいんだけど」 「おいおい、まさか『朝読したい』なんて言い出すんじゃないだろうな?」暁が眉をひそめる。 「違うよ」  僕は二人に辞書の件を話す。 「なるほど。それなら犯人の先手をとれるかもしれない!」  暁は希望に満ちた顔で言う。 「賛成だな」草次さんも賛成した。 「じゃあ、全会一致だね」  僕たちは真っ先に書庫へ向かう。 「さて、周平の仮説は当たっているかな?」  暁が書庫の扉を開けつつ言う。  そこに広がっていたのは――荒らされた本の数々だった。
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