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 十分ほど歩いた時、暁がこちらに向けて手を振っているのが見えてきた。どうやら間に合ったらしい。暁の近くには見知らぬ人々がいた。 「二人とも遅いじゃないか。どこで油を売っていたんだい?」 「レンガ倉庫集合って決めたけれど、ここら一帯レンガ倉庫ばかりじゃん。迷子になって当然だろ?」僕は弁明する。 「二人には招待状のコピーを渡すべきだったか。いや、招待状には乗り場が書いてあったから、てっきりお前らも知っているかと思い込んでいた」と暁。 「まあ、過ぎたことを言ってもしょうがないだろ。ひとまず結果オーライとしようぜ」夏央が言う。  僕はまだ納得がいかなかったが、ふと視線を感じて開けかけた口を閉じた。 「若いの、さっきからうるさいぞ」  振り返ると一人の老人が立っていた。小太りな胴体で、手足が長いとは言えない。それがあいまって、まるでボールのような印象を受けた。派手なアロハシャツを着ており、離島を楽しむ気がひしひしと伝わってくる。 「まあまあ、磯部(いそべ)殿。落ち着きなされ」  別の老人が口を挟む。  その老人は、磯部と呼ばれた人物とは対照的に見えた。小柄でほっそりしているが、眼鏡の奥に見える瞳からは知的な雰囲気を感じる。大学の老教授と言われても納得できるくらいだ。老人は足が悪いのか、杖をついている。 「しかしだな……」 「喜八郎(きはちろう)さんの言うとおりですわ。そんなに大声を出していては、はしたないわよ」  女性が二人の間に入って言う。その女性は二人の同伴者なのだろう。もしくは本人が当選したか。 「すみませんでした」  ひとまず謝るのが無難だろうと思った。これから数日間、一緒に過ごす人たちと初日から問題を起こすのもまずい。 「ふん、最初からそう言え」  そう言うと小太りの老人は僕らに背を向けた。 「そういえば、自己紹介がまだでしたわ。私の名前は酒井冬美(さかいふゆみ)。私が当選したから、二人を誘ったの。それぞれ名前は……」  女性が続きを言おうとした時、漁船の船長が船室から顔を出した。 「お客さんたち、もうすぐ出発の時間だ。船と護岸との間に小さな隙間があるから、注意して乗ってくれ」 「続きは船内でしましょうか」と冬美。 「そうですね。離島に着くまで時間もあるでしょうし」僕は言った。
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